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11/23/2006

落語に学ぶもの

FSBi 11月15日付「平川克美のビジネスの流儀」は、「落語に学ぶものとは/消える生活の情感」でした。

落語教室に通うようになって、古典落語の奥の深さを知り、これはとてもじゃないが素人が着流しで入りこむような場所ではないとおじけづくことになったそうです。落語は日本が誇る伝統話芸、そこには江戸期以来の庶民生活の歴史と、先人たちの血のにじむ研鑚が堆積しています。

例えば8人の登場人物があったとします。これを声音で使い分けることを落語は嫌うそうです。八人芸といって、品が無くなる。落語は物まねでもないし、一人芝居でもない。「八っつあん」「と「熊さん」は同じ声音で演じることが求められます。言葉遣いや性格の表出でこれを演じ分けます。

落語の登場人物は演者の身体を通して、新たな人物像を造形しなければなりません。志ん生の与太郎と、文楽の与太郎は別の人格なのだそうです。

記事の最後は、「(落語には)数値に還元できない生活の質感、金で買えないものがぎっしりと詰まっている」。

けさ(11月23日)のFSBi 「限りなく愛しいこの国 第30回」(櫻井よしこ)も、落語礼賛の内容です。

「どの国にも、日本のような落語や噺家はいない。何世紀もの間、ほぼ同じ落語が繰り返され、時代をくぐりぬけるなかで内容が磨かれる。噺家は同じ落語を幾百回となく演じて技術を磨き、やがて三遊亭円生のように名人といわれる境地に達する。しかもそれを高座にのぼって、座布団一枚、扇子一本でやってのける。そんな落語の語りは日本独特のものである。日本独特の文化だけに国字で表現するしかない。それが「噺」である」

そういえば、元「東大卒のケイコ先生」として知られる女性が、大阪の浪曲師に弟子入りし、このほどデビューしたんですってね。テレビニュースでも見ましたし、現在、産経がインタビュー記事を連載中です。

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