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01/12/2008

引き算人生で落ち込む日本人

産経抄子が、「お正月気分を抜けきれない小欄も、頭から冷水をかけられた思いで受け止めた」という産経新聞1月9日付「正論」。曽野綾子さんの「どこまで恵まれれば気がすむのか」です。

広く世界を見渡せば、われわれはあらゆる面で恵まれています。それに感謝するどころか、少しでも欠落した部分が見つかると、許せなくなる日本人。曽野さんは、昔から、自分の弱さをカバーするために、いつも「足し算・引き算」の方式で自分の心を操ってきたそうです。

健康で、すべてが十分に与えられて当然と思っている人は、少しでもそこに欠落した部分ができるともう許せずたえられなくなります。これが「引き算型人生」。それに反して、曽野さんは欠落と不遇を人生の出発点であり原型と思っていますから、何でもそれよりよければありがたいと考えます。これが「足し算型人生」です。すばらしい発想です。マイナスに考えていくと、どんどん惨めになってきます。上には上があるのですから。一方、プラス思考にたてば、元気が出てきます。

食べるもの、寝るところ、水道、清潔なトイレ、安全正確な輸送機関、職業があること、困ったとき相談する場所、ただで本が読める図書館、健康保険、意識がなくても手持ちの金が1円もなくてもとにかく運んでくれる救急車・・・何よりも日常生活の中で爆発音がしない。それだけでも天国だといいます。

これだけよくできた社会に生まれた幸運を感謝しないのは不思議だとも。

しかし、「人間は、教育し鍛えられなければ、このように思えない。子供は幼いときから悲しみと辛さに耐えるしつけが必要だ」。「平等は願わしいものだが、現実としては社会はまず平等ではあり得ない。しかし不平等な才能があちこちで開花している。それなのに完全な平等しか評価しない人間の欲求は、深く心を蝕む」。

曽野さんの批判は、マスコミにも及びます。
「何か事件があると、マスコミは校長や教師を非難するが、子供の成長に誰よりも大きな責任を有するのは、他ならぬ親と本人なのである。生活を別にしている教師など、子供の生活のほんの一部を見ているに過ぎない」。
まったくそのとおりです。この当たり前のことをマスコミが強調しないから、モンスターペアレントが生まれます。

「躾ける親も少ない。・・・親たちも享楽的になっていて・・・人格を作る努力や忍耐の継続が生活の中で身につかない。だからいつまで経っても、自分は一人前の生活をできる存在だという自信もつかない。この自信のなさが、荒れた人間性を生む」。
「本を読まないから自分以外の人生を考えたこともなく、身勝手な意識のまま大人になる」。
「人間性の中に共存する、底なしの身勝手さと残忍さを正視してそれに備えていないから、思いつきで人を殺す。・・・今はDNA鑑定にもなぜか黙っているが、昔は指紋登録だけでも人権侵害だと大騒ぎした人たちがいた」。

ほんとうの自由人とは、「自分独自の美学を選んで生きる勇気を持ち、自分の意志で人に与える生活ができる人」だといいます。「受けるだけを要求することが人権だなどと思わせたら、今後も不安と不幸にさいなまれる人は増え続けるだろう」。

最近の日本のすさんだ社会を見るにつけ、どこかバランスが狂っているとしか思えません。以前から警鐘を鳴らしてきた曽野さんの意見には説得力があります。評論家やほとんどのジャーナリスト、マスコミと違って、クリスチャンとして毎年、世界の果てまで出かけ、貧困にあえぐ人たちを救う命がけのボランティアを続ける中で体験された、現実に裏打ちされているからです。

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