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05/21/2008

イライラ終末感なくせ

「昭和正論座」(産経新聞)5月18日付は、昭和48年7月6日掲載の文芸評論家・村松剛氏の再録です。

当時は革新自治体真っ盛りのころ。昭和48年は6大都市がすべて革新首長で占められていました。村松氏は革新自治体を厳しく批判するとともに、国土の狭い日本が小アメリカ化によって美しい山河と所得向上の両方を求めることはできない、我慢も必要と述べています。

・「革新都政(美濃部)」なるものは何もしないのである。ひとりでも反対があったら政策を強行しない、などと気楽なことをいっている。多数者のための利益調整が政治なのだから、これはみずから政治を放棄しているにひとしいい。

・日本人は、いちじるしく情緒的な国民である。第二次世界大戦のまえ、新聞はナチ・ドイツを理想の国のようにたたえ、ドイツと結ぶことが時代の流れと説いた。時代の流れなどいつ変わるかわからず、大切なことは日本にとっての利害得失の冷厳な判断なのである。

・戦争中に軍国主義に抗して自由を守ったのはわが共産党だけというのは、奇妙ないいぶんである。最後まで節を曲げなかった少数の共産主義者たちはたしかにいたが、彼らが守ったのはイデオロギーであってブルジョア的自由(彼らがいうところの)のためではなかった。自己の思想のみを絶対化して、ほかは「人民の敵」として排除、粛清する勢力が支配するとき、かけがえのない自由は息途絶える。

・カリフォルニアの5分の1の土地にアメリカの人口の半分が住み、猫額大のその土地に住宅も工場も、ゴミ処理場もつくる。そこにアメリカなみの工業をのせようとすれば、日本はゴミ箱化するほかない。

・美しい山河を取り戻そうとすれば、工業の発展も、所得の向上も、ある程度我慢しなければならない。両方ともというわけにはゆかない。日本人がどのような生活を望み、何を幸福と考えるか、その考察がすべての出発点になる。

連日掲載される35年前の「正論」を読むと、いまさらながら立派な論考が次々発表されていたことに感慨を覚えます。長らく九州に住んでいましたので、大阪転勤になるまで産経新聞(九州では売っていない)紙面でなく、本屋で雑誌「正論」を立ち読み(ときどき買いましたが)していました。当時の雑誌「正論」にはすべて再録されていましたので。

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