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07/28/2008

日本外交はバカボンパパに!

7月26日付産経新聞夕刊「語誌ップ拾遺帳」(東京校閲部長 清湖口敏)が、「~のだ」という表現について考察しています。

先日亡くなった大野晋さんは、「日本語練習帳」の中で、<のである><のだ>は強めというより、著者が力んでいる、押し付けているとの理由で多用を批判しているそうです。私にも思い出があります。中学生のとき、国語の先生から「君のこの作文には<である>が多すぎる。<である>の多用はかえって文章を弱くする」と注意されました。それ以来、「である」は文章推敲時のチェックポイントの一つです。

作家の倉橋由美子さんも、「文章の書き方」で、「学者の<のだ>調の文章を書くような人は概して二流と決めてかかっております」と厳しい見方。

ところが、「声に出して読みたい日本語」などで日本語ブームを起こした明治大学教授斎藤孝さんは<のだ>を大いに褒めているそうです。「バカボンのパパはなぜ天才なのか?」(小学館)という本によれば・・・

<バカボンのパパは「うるさいのだ!!」「逃げるのだ!!」などと、語尾に<のだ!!>をつけるのが口癖。この断定こそが、バカボンのパパの天才たるゆえんです。実に腹の据わった物言いであり、「これでいいのだ!!」と天才的なフレーズをきっちり言える日本人は少ない>

このあとが愉快です。

<誰が何といおうと、バカボンのパパに日本外交を任せたい。パパなら、欧米人とも対等にやりあえる>

私が学生だったころ、「天才バカボン」は研究室(金属材料研究所金属塑性加工研究室!)のみんなで買っていた漫画週刊誌に掲載されており、毎週読んでいました。パパは、確かに「のだ!!」を乱発する奇妙なキャラクターでしたが、言語学的には「天才」の証明だった?んですねえ。

言うべきことも言わず、やたらに相手の機嫌ばかりとったあげく内政干渉され放題の日本の外交家には、バカボンのパパが必要かもしれませんねえ・・・

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