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11/20/2008

最後の晩餐?

大学卒業後30年近くお世話になった企業のOB会(講演会+総会+懇親会)がありました。最後のお勤めが大阪だった私は大阪支店扱い。

今回は、昭和45年以来、支店の入っていた中之島の朝日新聞ビルでの最後の懇親会でした。というのも来月20日、淀屋橋の新しいビルに引っ越しますから。ちなみに東京の本社ビルも来年完成する丸の内のビルに移転します。

さて、久しぶりに参加した懇親会の参加者63名中に、ずいぶん懐かしい方々が・・・

昭和46年、入社して配属された北九州八幡で最初の上司(掛長)だったHさん。私より10歳上ですが、老人会、町内会、同窓会の世話役で多忙な毎日だそうです。自分で企画したゴルフコンペがあったため、講演会はパスして懇親会から参加されていました。「意識してお腹の脂肪を減らそうとしたら、体中の筋肉が落ちてしまった。良質のタンパクを取らないといけないので、せっせと肉を食べているがなかなか回復しない」「君の奥さんがオーロラを見に行きたいと言っていたな」(そんな話まで覚えているとは!)「君の一家が阪神淡路大震災で堺に避難してきたとき、いっしょに転居先候補を見に行ったね」

新入社員のころ、教育部で新人教育を担当していただいたYさんは1年早く入社した柔道選手のYさん。いまは坂出の鋼板加工会社の社長さんです。研修センターに泊まり込み、毎日、早朝ランニングとラジオ体操から新人研修は始りました。ご自身は高知の室戸岬、奥さんは足摺岬の出身だそうです。「同じ県とはいえ、結構離れていますよね」「室戸から高知まで2時間、高知から足摺まで4時間かかる。いまの職場が同じ地続きなので、その点は助かっています」「娘が高知の大学に行ったので、私も高知には親しみを感じます」

震災のとき、大阪支店の副支店長をされていたSさん。系列が違ったので直接仕事上のつながりはなかったのですが、同じ芦屋の高層マンション(社宅)で被災しましたので、3日後に堺のバレーボール合宿所に避難し、1月いっぱい共同生活をしました。その時、奥さまにもお世話になりました。「きれいなお嬢さんが2人いらっしゃいましたよね。たしか妹さんはスチュワーデスをされていて・・・」「60歳になって社宅を追い出され、結局家は現在住んでいるところから2km以内がいいということで、近くで売りに出た家を購入したんですよ」。

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