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11/07/2008

知床旅情

11月7日昼のNHK金曜バラエティーは、「加藤登紀子~歌に、そして人に“ほろ酔う”~」。

「百万本の薔薇」に続いて「知床旅情」を熱唱していました。「知床旅情」と言えば、大学3年の夏、ひとりでリュックを背負ってユースホステル(YH)に泊まりながら北海道を一周した時、網走で初めて耳にしました。当時、まだ加藤登紀子さんの歌が有名になる前、作詞作曲した森繁久弥さんの独特の節回しでした。駅の売店にソノシート(といっても知らない人が多いでしょうが、ぺらぺらのレコード)製?お土産用の「知床旅情」があったように記憶しています。なんとも旅情あふれる歌だなあとすっかりほれ込んだものです。

こういう昔の話になると、俄然記憶がしっかり蘇ってくるから不思議です。前にも書いたことがありますが・・・

大噴火前の有珠山の頂上まで登ったとき、道にはぐれ、夕闇せまる中で熊に出わないことをひたすら祈りつつ、急な坂を転がり下りながら生還したとき一緒だったのは和歌山県海南市出身のT大生とK大生の男性2人組。その夜、有珠岳近くのYHも一緒でした。

数日後、別のYHで京都女子大の女性2人連れと一緒になり、その話をしたところ「それ、私の同級生です。海南からT大に行ったのは彼しかいませんから」。その次の日、なんとその男性2人組も同じ網走の友愛荘YHへ。そこで海南出身の同級生が再会です。私は網走から帯広方面に移動したのですが、知床に行くはずだった女性が「私たちも知床はやめました」とルートを変更していたのにはびっくり。知床ブームが沸騰したのはその数年後です。「あいつのおかげで知床に行きそびれた」と後で恨まれていたかもしれませんね。別に私が「知床なんかやめたら」と言ったわけではありませんが・・・。ところで、次の年、萩を自転車で回っていた時、まったく偶然、前の年、北海道であった上述のK大生の男とばったり。日本も狭いものだとつくづく感じたものです。

その後、あの4人と二度と会ってはいないのですが、いまでもはっきり顔まで覚えている不思議・・・もう40年も経つというのに。われながらすごい記憶力、というわけにはいきません。きょうの出来事さえすぐ忘れてしまう今日この頃ですから。

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