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10/08/2010

いついつまでも幸せに

土曜日に次女の結婚式を大阪で行いました。無事、済んで一安心。
これで一応、娘2人それぞれ自分たちの家庭を持ち、親の手元を離れてくれました。

さびしくはなりますが、一応、親の責任を果たしたような気分になりほっとしています。それにしてもまったくの赤の他人がいっしょになる結婚とは不思議なものです。1年前に出会って半年後に婚約、さらに半年足らずで結婚。上の娘のときはもっとスピーディーでした・・・。最初に会って半年後には婚姻届に押印させられて?いました。当時、さんらく亭さんから「いまはうれしいと言っているが、あとからじわーと寂しさがこみ上げてくるものだ」とコメントされ、披露宴のスピーチで「そんなことはない。長女が結婚してくれてほんとうにうれしい」としゃべったのを思い出します。大学入学以降、一人で生活していた長女は「外から外へ」でしたから、家から出て行ったという気持ちがわきませんでした。次女は、ずっと一緒に住んでいましたので、突然いなくなるとなんともいえない気持ちです。

結婚式の前の前の夜は寝つきが悪く、パソコンに向かって娘にあてたお別れと激励の手紙を書いて、翌朝自宅を出てからメールで送りました。

結婚式のあと、二人はこれから一緒に住む四国に移動、婚姻届を提出したようです。翌日曜日、旦那はテレビなし生活だったので、二人で買いに行くと言っていました。もっとも彼は翌日の仕事準備のため、15時には勤務先にでかけると言っていましたから今後が思いやられます。甘い新婚生活にはなりそうもありません。

その日の夜、自宅に到着したとのメールに「パソコンのとなりのうちわのあたりを見てください」と書いてあったので探すと、そこに娘の直筆の手紙「お父さんへ」が・・・あまり父親との会話はなかった子だったのですが、きちんと感謝の気持ちが伝わってきました。

新婚旅行は10月末に5日ほど休暇がとれたので、オーストリアに出かけるらしい。

結婚式と披露宴はこじんまりした手作り感いっぱいの簡素なものでした。参加者は本人と親・兄弟一家の10人足らず。招待状、披露宴のネームプレート、料理のメニューカード等はすべて娘がパソコンで作り、頭に載せていたティアラも自分で作ったものでした。ここまで徹底していれば、かえって思い出深いものになったことでしょう。もっとも旦那は紋付き袴にあこがれ、娘は白無垢もドレスも着たいということで、神前結婚式後の披露宴はドレスと和洋両方に。やはり女性はウェディングドレスにあこがれるようです。

私は結婚式から帰宅してすぐ、撮影した写真を整理し、デジカメムービーの制作を開始しました。夜中にほぼ完成したのですが、バックの音楽が気に入らなかったり、必要な写真が抜けているのに気づいて追加したり・・・と結局、DVD作り直しを10回ほど繰り返し、翌日夜やっとファイナル版が完成しました。その後、家内からの指摘もあり、再度別バージョンも作りました。

引き続き、写真のプリント版や結婚式、披露宴の記録文書?を作って、DVDとともに出席者に配る予定です。

結婚式、披露宴と長時間だったにも関わらず、生後5カ月の孫はずっとおとなしくていい子でした。式直前におむつを替えたり、途中でお腹が空いて泣き出さないようにミルクやリンゴジュースを飲ませたりと、ママやパパの赤ちゃん操縦術もうまくなっているのでしょう。

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