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09/23/2011

続・ウメサオタダオ展(15)

産経新聞9月1日付「越境精神 梅棹忠夫の残したもの」第15回は、「小松左京氏/日本沈没のモデルに」。

梅棹先生は小松左京氏たちと5人で「万国博をかんがえる会」を作ります。昭和39年の東京オリンピックのころです。会の名前は、「かいくうかい(貝食う会」。鳥羽や志摩で海産物に舌鼓を打つ集まりだったそうです。

二人は昭和41年、カナダの万博を見学し、「万博は壮大な文明の祭典」であることを体得します。

小松のSF小説には梅棹先生がモデルとして登場します。「日本沈没」で、日本人の移住計画の策定を政府から依頼される福原教授がそうです。比較文明史が専門の福原教授は、げっそり痩せながらも3つの案を完成させます。まとまって移住する、分散する、どこにも行かないの3つ。3つめは日本人ならではの行動様式として提示しています。

小長谷教授は、「放射能汚染のもとで生きなければならない今日、梅棹ならばふるさと志向をむしろ日本人の問題として鋭く指摘したのではないか」と書いています。(N)


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