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10/09/2011

続・ウメサオタダオ展(18)

産経新聞9月22日付「越境精神 梅棹忠夫の残したもの」第18回は、「すぐれた友人/異質な才能 認める力」。

梅棹先生没後1年あまりのうちに、先生の著作物が相次いで増刷、アンコール復刊されました。絶版になっていた、なりたくてなれなかった職業を語る「裏返しの自伝」も文庫本で刊行され、もうひとつの自伝「行為と妄想」の文庫本も表紙が刷新されました。

「行為と妄想」は日経新聞の私の履歴書を単行本にしたものですが、刊行のとき、日本ローマ字会と知的生産の技術研究会の集まりの席上で、その変わった書名について笑いながら解説されたのを思い出します。同席されていた秘書の三原さんも「ぜひみなさん、購入して読んでください」。その三原さんに「ウメサオタダオ展」でお目にかかったので「まだいらっしゃったのですか」と声をかけると、「まだ若いですから!」。

さまざまな友人が紹介されていますが、そのうちの一人が中尾佐助氏。いつも奇抜な発想と強烈な行動で梅棹先生をインスパイアし続けました。例えば、「月づきいくらあれば、女房なしで暮らせるかという計算」。この女房の値段の議論が梅棹先生の「妻無用論」に展開していったそうです。

(注)妻無用論:妻という名の下に要求されたさまざまな性質は、やがて過去のものになる。今後の結婚生活は、社会的に同質化した男と女の共同生活というところに、次第に接近していく。女は妻であることを必要としない。そして、男もまた夫であることを必要としない。1959年、婦人公論

「梅棹先生は友人に恵まれていたが、風変わりな人の才能を率直に認めるという包容力がなければ友人にはなれなかっただろうし、刺激されなかっただろう」と小長谷教授は書いています。(N)

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