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07/30/2014

家康はあせっていた。秀忠では豊臣に負ける/秀頼の実像 その5

大阪城天守閣館長・北川央氏の講演の続きです。

オランダ東インド商会の記録に、「大坂城の秀頼は(本来)、日本の正統の皇帝であり、人民および有力なる諸侯の要望もあり、現皇帝家康の死後、位につくかもしれない」「大坂は日本のもっとも美にして大なる商業市の一であり、非常に堅固な城がある。秀頼は18歳で事情があり帝位につけなかったが、収入が多く、蓄財も甚だ多い。彼に心服する諸侯、平民も多く、いずれ帝位につくべき」と書いています。

イエズス会も「家康は老齢に達しているため、キリシタン迫害は長くは続かない。家康が死ねば、相続者・秀忠も滅びる。秀忠は諸侯から嫌われているので政権を得られないだろう。そのとき支配者になる豊臣秀頼は、キリスト教に対して好感を示すであろう」と書いています。

「家康はあせっていたのではないか」というのが、北川氏の見方です。自分が死んだあと、秀忠では豊臣に再び政権を奪われる。そこで、方広寺の鐘に刻まれた銘文にケチをつけて強引に豊臣を滅ぼす作戦に出た、というわけです。(完)

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