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08/14/2014

「狂気の戦場 ペリリュー~“忘れられた島”の記録」その1

08/13 NHK GTV「NHKスペシャル」 

終戦記念日にふさわしい番組がNHKから次々放送されています。しかも70年も経って新たに新発見された事実の多いことに驚きます。「山本五十六の戦争を回避しようと最後まで苦悩したことを克明につづった親友との書簡」「シベリア抑留者に数百人の日本人女性が含まれていた事実」、そして今回の「忘れられたペリリュー島の戦闘」。

これほど生々しいカラー映画と生き残った当時の日米兵士、米カメラマンの証言で綴った悲惨な記録は見たことがありません。ペリリュー島でこのような激しい戦闘があったことも初めて知りました。70年も経った今になって、このような貴重な映像が出てきたことに驚きを隠せません。

憎しみが憎しみを呼ぶ地獄のような狂気の戦場、ペリリュー島での戦闘を伝えるカラー映画と証言の数々は、目を背けたくなるものばかり。17人の日本兵を銃殺した元米兵が淡々と語る当時の経験や、日本兵を殺したあとポケットから家族の写真を見つけて茫然自失になった米兵の映像、戦場で錯乱状態になってわめく米兵、日本兵に気付かれないようわめく味方を殴り殺したとの証言・・・。74日間に及んだペリリュー島の戦闘は、日本がバンザイ突撃から持久戦に切り換えた初の戦いであり、アメリカ軍が150mも届く火炎放射器や1000℃であたりを焼き尽くすナパーム弾を初めて使用、これが後の焼夷弾へとつながります。日本兵1万人のうち生存者わずか34名、米海兵隊の最精鋭部隊の死傷率も史上最悪の60%というあまりの犠牲者の多さと過酷さから、今日までほとんど語られず、「忘れられた戦場」と呼ばれてきました。日本兵の生還者がわずかだったため、語られることがほとんどなく、米国にとっても「不名誉な戦い」とされ顧みられてこなかったことも「忘れられた理由」だそうです。あらためて戦争の怖さをストレートに教えてくれる貴重な映像でした。

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