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09/07/2014

「英雄たちの選択/関東大震災 後藤新平・不屈の復興プロジェクト」その2

「後藤は計画の中身を作ることに大変熱心だったが、根回しは不得意。空気を読まないからこそ突破できた。最大の長所は最大の弱点」という見方には、うならざるを得ません。「彼は医者出身、医者は根回しも何もいらない。ところが政治はそうはいかない。彼はそこに苦しんだ」、「彼は、勝てないが負けない戦いをしようとした。挫折しながらも実を残していこうとした」。どこまでもあきらめず、許される狭い範囲で最適解を追求した後藤の姿勢には感服せざるを得ません。
後藤の「生命と健康を公共の真ん中に置いた都市」の設計は、戦後焼土と化した日本の都市を復興させるのに生かされました。仙台の定禅寺通りや勾当台公園が取り上げられていましたが、私が昭和40年から46年まで学生時代を過ごした杜の都・仙台を懐かしく思い出しました。
区画整理事業を進めるにあたって、抵抗の強かった駿河台で成功させ、「駿河台がやった。うちもやらないとおかしいね」と思わせる・・・。強圧的に押し付けるのでなく、溶かしていく=「寄合民主主義」を採用したというのも優れた手法です。多数決ではない合意形成、これもお見事でした。(完)

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