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09/14/2014

毎日新聞

朝日、東京新聞について書いたので、ついでに毎日新聞の思い出を。かつて毎日の西山太吉記者が 1971年の沖縄返還協定にからみ、取材上知り得た情報を国会議員に漏えいし国家公務員法違反に問われました。毎日は、「知る権利」を前面に押し出して一大キャンペーンを展開、ところが外務省の女性と情を通じ(=色仕掛けで)て入手した情報だったことがばれ、毎日の信頼は一挙に失墜。読者が次々購読を辞め、ついに6年後倒産します。この当時、私が勤務していた鉄鋼メーカーは、毎日から泣きつかれたのか、トップが義侠心を出したのか「毎日を救おう。みんな毎日を購読するように」とのお触れが回り、我が家もそれまでの日経1紙から毎日との併読に切り換えました。
ときは流れ、阪神大震災です。住んでいた芦屋のマンションが半壊となり、堺に避難していました。1日がかりで半分立入り禁止で大混乱の芦屋市役所にでかけ、あちこちの役所や娘の学校、保険会社に提出しなければならない罹災証明書(複数)をもらってきました。数日後、避難先で毎日新聞を見てびっくり。1面に大々的に「芦屋市の罹災証明書発行がでたらめ」との告発記事です。いろいろ記者の知識不足や誤解を含んだ問題のある記事でしたが、もっとも笑えるポイントは、「芦屋市の損壊家庭は7,000戸しかないのに、すでに罹災証明書の発行は13,000部を超えた」との表現。記者は現場できちんと取材したのか、はなはだ疑問です。被災者が、役所や学校、保険会社等から要求された部数だけ発行してもらうのは当然です。毎日はその後、訂正もお詫びも出しませんでした。善良な市民を犯罪者扱いしたこの新聞には、愛想が尽きて、それ以来、読むのはやめました。べつに「倒産した時は助けてやったのに」というわけではありませんが・・・・。悪を叩くのは新聞の使命でしょうが、間違った思い込みで誤報したときは速やかに訂正と謝罪をすべきです。一度失った読者は二度と返ってきません。今回の朝日も同じでしょう。

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