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12/13/2014

竹鶴MUSEUM その3

会場で二人のおばさんが「サントリーやろ」「いや、ニッカと聞いたで。ほらここにニッカって書いてある」などと話していました。あまり熱心に朝ドラを観ていない方だったかもしれませんが、竹鶴氏の経歴をよく御存じないようでした。ちなみに「竹鶴MUSEUM」のパネルには、竹鶴氏がスコットラン留学から帰り、ニッカ創業までどこでなにをしていたかをこう表現しています。
「帰国後は、酒造会社に籍を置き、日本のウイスキー文化の発展に貢献します。1934年、40歳になった竹鶴政孝は自らの夢のウイスキーづくりの実現を目指し、北海道余市に蒸留所を設立、スコットランドと似た気候風土の余市に長年の夢であったウイスキーづくりの理想郷を築いたのです」。

さきの女性のような人のために、もっと詳しく書いた方が良かったのではと思いますが・・・だって、ニッカウヰスキーのホームページ「竹鶴政孝物語」には、次のように記述されているのですから。
<ある日、サントリーの前身である寿屋の鳥井信次郎がたずねてきた。鳥井はかねてから本格ウイスキーの到来を予見していた。ウイスキーの権威ムーア博士からの推薦で、竹鶴政孝の名前を知って訪ねて来たというのだ。ウイスキーづくりに没頭し六年目、ついに国産第一号ウイスキー「サントリーウイスキー白札」が一九二九に誕生。約束の期限をおえた政孝は、さらに理想のウイスキーづくりをめざして北へと旅だった>。


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