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01/24/2015

きょうのマッサン 第16週 6回目

きょうの放送で俊兄がでてきました。そこで流れたのは「俊兄のテーマ」、ファゴットが奏でる楽しい音楽でした。俊兄のぎこちないラブロマンスも始まりそう。
1/17、あべのハルカスで開催された講演会で、ニッカウイスキー・本田雅之氏が、摂津酒造時代の竹鶴政孝、リタ夫妻の家計について、興味深い分析を行っていました。摂津酒造に就職したときの初任給は23円だったそうですが、 そのうち役職に就いたり昇給により150円、これに対して家賃が55円、食材が60円(うち牛肉が30円くらい)、冬季は暖房のための石炭が30円。ほとんど残らなかったと推定されます。壽屋に就職し、契約金4,000円を手にするまでは、かなり苦しい生活だったようです。

「3年前、熊さんに会うとらんかったら、わしゃ・・・北海道に来ようとは思わんかったかもしれん。わしゃ約束します! この大地をわしらの第二のふるさとにします!」「組合長、わしゃこの土地をニシンだけじゃなあ リンゴだけじゃなあ ウイスキーの里じゃ言われるようにしたい思うとります。どうかわしらに力を貸してつかあさい」。「進、おらからも頼む」。あの熊さんが、義理の弟に頭を下げて頼みこみます。「分かった。リンゴは分けてやる。ただし、余市のりんごでまずい汁なんか作ってみろ。すぐにこの町からたたきからな!」
マッサン「熊さん、えかったら一馬やハナちゃんもわしの仕事を手伝うてつかあさい」。熊さん、ハナ、一馬、マッサン、エリーが手を重ね、「みんなで頑張っていきましょう!」
1年後、ついにマッサンの工場・北海道果汁株式会社が完成します。地元からの従業員も8人。ニシン御殿はそのまま残して従業員食堂に、隣にマッサン一家のエリーハウスもできました。エリーからラブレターをもらった俊兄が広島からやってきます。いよいよリンゴ汁の製造が始まり、工場内は活気にあふれています。

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