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04/19/2015

高浜原発差止め仮処分への読売・産経・日経の社説

専門知識を持たない裁判官が専門機関の出した結論を全面否定していることへの疑問を指摘しています。(しかも多くの事実誤認があると指摘されています)。福井地裁の民事にはこの裁判長しかおらず、この人だけ毎回、ほかの裁判所と異なる判決を自分の政治信条をもとに出しています。裁判所側もさすがにまずいと思って転勤させたが、今回は間に合わなかったのではないか、と解説するテレビもありました。以下、ポイントのみ、全文ではありません。もちろん3紙の主張は、朝日や毎日とは違います。

読売「 高浜差し止め 規制基準否定した不合理判断」

樋口英明裁判長は新基準の考え方を否定し、「これに適合しても安全性は確保されていない」と断じた。ゼロリスクを求めた非現実的なものだ。
樋口裁判長は、(この想定を)「楽観的見通しにすぎない」と否定した。対策についても、「根本的な耐震補強工事がなされていない」との見方を示した。
最高裁は、原発の安全審査は、「高度で最新の科学的、技術的、総合的な判断が必要で、行政側の合理的な判断に委ねられている」との判決を言い渡した。規制委の結論を覆した今回の決定が、最高裁判例を大きく逸脱しているのは明らかだ。
樋口裁判長は昨年5月、大飯原発3、4号機の訴訟でも、運転再開差し止めを命じている。福井地裁には民事部門が一つしかない。再稼働に反対する住民側は同様の判断を期待し、同じ裁判長が、これに応えたのだろう。
福島第一原発の事故後、原発再稼働に関し10件の判決・決定が出たが、差し止めを認めたのは樋口裁判長が担当した2件しかない。偏った判断であり、事実に基づく公正性が欠かせない司法への信頼を損ないかねない。

産経「 高浜異議申し立て 迅速に決定を覆すべきだ」

高浜原発に対する規制委の審査内容をことごとく否定し、新規制基準に対しては「適合していれば万が一にも深刻な災害は起きないといえる厳格さ」を求めた。いわば、ゼロリスクの証明を迫ったものだ。だがゼロリスクを求めては、車は走れず、航空機も飛べない。一方で決定は、再稼働を認めないことによる経済的リスクや地元への影響などには言及していない。
最高裁は平成4年、伊方原発訴訟の上級審判決で安全基準の適合性について「科学的、専門技術的知見に基づく意見を尊重して行う行政側の合理的判断に委ねると解するのが相当である」との見解を示している。大飯原発の再稼働差し止めを求めた仮処分の即時抗告審では昨年、大阪高裁が「裁判所が差し止めを判断するのは相当ではない」として却下した。今回の決定は、あまりに突出している。
福井地裁の同じ裁判長は昨年、大飯原発3、4号機の運転差し止め訴訟でも再稼働を認めない判決を言い渡し、安全性の判断は「必ずしも高度の専門的な知識を要するものではない」と言及した。
また、原発の運転停止で多額の貿易赤字が出ても「これを国富の流出というべきではない」とし、「豊かな国土に国民が根を下ろして生活できることが国富である」と定義していた。
国富とは国の総資産のことであり、経済力のことである。思想家や哲学者の素養まで、裁判官には求めていない。司法が、暴走をしていないか。

日経「 福井地裁の高浜原発差し止めは疑問多い 」

再稼働の可否は安全性に加え、地元住民や国民の利益にかなうかなど多様な観点から判断すべき問題だ。行政や原子力規制委員会だけでなく、司法も役割を担ってしかるべきだろう。
今回の地裁決定には、疑問点が多い。
1. 安全性について専門的な領域に踏み込み、規制委の結論に真っ向から異を唱えた。福島の事故を踏まえ、原発の安全対策は事故が起こりうることを前提に、何段階もの対策で被害を防ぐことに主眼を置いた。規制委は専門的な見地から約1年半かけて審査し、基準に適合していると判断した。今回の決定を下した裁判長は昨年5月、関電大飯原発についても「万一の事故への備えが不十分」として差し止め判決を出した。原発に絶対の安全を求め、そうでなければ運転を認めないという考え方は、現実的といえるのか。
2. 原発の停止が経済や国民生活に及ぼす悪影響に目配りしているようにみえない。国内の原発がすべて止まり、家庭や企業の電気料金は上がっている。原発ゼロが続けば、天然ガスなど化石燃料の輸入に頼らざるを得ず、日本のエネルギー安全保障を脅かす。
安全性、電力の安定供給、経済への影響などを含めて総合的に判断するのが司法の役割ではないか。上級審などではそれを踏まえた審理を求めたい。

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