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03/08/2016

環濠集落が残る・遠里小野を歩く その2


遠里小野は大阪でも難読地名に入るでしょう。そのためか市営バスは「おりおの5丁目」「おりおの橋」とひらがなになっています。
遠里小野の地名は、古くは万葉集にも出てきます。「住吉(すみのえ)の遠里小野の真榛(まはり)もち摺れる衣の盛り過ぎゆく」。ただし、5-7-5-7-7を守るため、この歌では「とほさとおの」と詠まれていました。
また南北朝時代に、室町幕府軍と楠木正行軍の激戦地になりました。この時は「瓜生野(うりうの)の合戦」と呼ばれました。

遠里小野村は、環濠集落でした。外敵から守る・用水を確保するためにまわりを環濠(堀)が囲んでいました。村の集落地は南北280m、東西520mほどで土塁で囲まれ、中央を熊野街道が通り、六ヶ所の門で守られており、道は鍵の辻で見通せないようになっています。(すみよし歴史案内人の会のパンフレットから)

写真は環濠の跡(昔は道の部分に水が流れていた)、環濠の名残と思われる石の段差、熊野街道のプレート。

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