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04/02/2016

造幣局講演会と造幣博物館見学記 その3

造幣局[創業時は造幣寮)は、大阪・東京・広島の3カ所にありますが、本局(Head Office)は大阪です。東京(今年埼玉に移転予定)・広島(宮島~広島の間)は支局。大阪は硬貨、勲章等すべてのものを造っていますが、広島は1~500円硬貨、東京は勲章とプルーフ貨幣のみの工場。ただし、金属の溶解~圧延は広島のみ。

なぜ大阪に本局が置かれたのでしょうか?
その理由は、「大阪遷都論があった」「王政復古の大事業に貢献した大阪財界に対する配慮(維新政府は、京・大阪の商人から莫大な金を借りていた)」「当時、江戸の治安が悪かった」「大阪が天下の台所で経済の中心であった」。

ドラマでは、五代友厚が造幣局を誘致したような設定になっていましたが、彼は役人ではありませんし、そうした権限はありませんでした。彼は薩摩藩の武器調達を通じて、グラバーとも知り合いだったため、香港のイギリス造幣局が経営に失敗してつぶれ(銀含有量を減らしたのが原因)、機械が売りに出されている情報をいち早く入手、貨幣製造機械を輸入した人物です。利にさとい彼は、西成の別宅(正妻のいる本宅は、現在の日銀のある場所)に金銀分析所を造り、巨万の富を得ました。これがその後の活躍の資金となります。
もっとも数日後に、熱烈な五代ファンの集まりで講演をすることになっている某氏は、「どいうふうに話そうか、ちょっと悩んでいます」と言っていましたが・・・

写真は、五代が輸入した圧印機のひとつ。造幣博物館に屋外展示されています。

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