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04/26/2016

講演<加島屋久右衛門と黄金茶碗> その2


講演のアウトライン。

1.広岡浅子と加島屋久右衛門
広岡家と京都の三井家は代々関係があって、浅子の前にも、2人三井家から嫁入りしていたのですね。

2.加島屋と黄金茶碗
明治になって、冷え切っていた加島屋-長州藩の関係を新時代に合わせて再構築しようとした。そのためのシンボルだった。
昭和2年の金融恐慌で加島銀行が経営破たん、道具類を住友家が落札。
その後のいきさつは不明だが、現在、奈良の依水園・寧楽美術館が所蔵。
3.江戸時代の大坂
大坂の役割、蔵屋敷と御用達商人

4.加島屋久右衛門家の家業
米商人(蔵元)、入替両替、大名貸

5.加島屋と長州藩
6.蔵屋敷の解体
7.山口での会談

8.明治初年の御頼談と黄金茶碗
加島家当主・広岡正たかと毛利藩主・毛利敬親の両リーダーが相次いで死去、そのうち廃藩置県で藩自体がなくなり、大阪の蔵屋敷も東京に移ってしまった。全国の物産が大阪に集まることもなくなり、藩の特産物を独占的に取り扱うこともできなくなった。このほか大名の御用金を踏倒され、大坂で流通していた銀目が廃止され、取り付け騒ぎがおきたり、幕末および明治新政府から莫大な金を出さされたことなどもあり、明治30年代になるまで、大阪経済は復活しなかった。
結局、黄金の茶碗は一度も活躍することなく、歴史のなかから消えてしまった。

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