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07/09/2016

九度山・真田フォーラム 再録 その4


面白い話題もいろいろ。
例えば、松下電器がなぜテレビドラマ「水戸黄門」を長年一社で提供してきたか? それは、松下幸之助さんが水戸藩に限りない恩義を感じていたからでした。北川さんから教えていただきました。

堺の南宗寺(なんしゅうじ)には、葵の紋が入った徳川家康の墓があります。もともと無銘塔として祀られていましたが、水戸家家老の子孫・三木啓次郎氏と松下幸之助が、立派な東照宮徳川家康墓を作りました。大坂夏の陣の時、真田幸村の奇襲を受け、輿にのって逃げ出した家康は、大坂方の猛将・後藤又兵衛から怪しいと睨まれ槍でつかれたため、南宗寺で絶命。しかし死去はふせられ、その後家康の影武者が活躍し、家康の遺体はひそかに日光東照宮へ運ばれ葬られました。そんな伝説がまことしやかにささやかれる南宗寺には、江戸から二代将軍・秀忠、三代将軍・家光が相次いで参詣しており、実は家康の死に起因しているとの説が伝えられています。さらに明治期に、旧幕臣の剣聖・山岡鉄舟が「この墓(当時は無銘塔)は、家康のもの」と刻んだ石碑を建てています。

ところで、二股ソケットを発明したものの、資金がなかった松下幸之助さんに資金を出して助けたのが三木啓次郎氏。松下にとっては命の恩人です。そこで同氏の進言により、南宗寺に家康の墓を寄進しました。東京・浅草寺の雷門、大阪・四天王寺の極楽門の再建も同様です。松下が、テレビで水戸黄門を一社提供したのは、恩義を感じる水戸家を世に広く伝えたいとの幸之助さんの願いに基づくものでした。知りませんでしたね、パナソニックと水戸黄門のつながり。

南陵さんは、家康の堺死亡説を押していました。「水戸家家老の子孫が松下といっしょに、家康の墓を南宗寺に作ったんですよ。こんな明白な証拠はないでしょう」。
おもしろい歴史ミステリーですね。

南陵さんが面白い話を紹介していました。真田幸村の出身地・上田でもよく講談会を開くそうですが、「われこそは真実」と信じて疑わない郷土史家には閉口。糞尿をばらまいて戦ったという話をすると、「あんたは間違っている。糞尿ではない。熱湯だったのだ」と詰め寄られて・・・。その場では、「まあまあ・・・。次回から直します」とおさめましたが、その後も変えていないとのこと。「講談では、あの場面は糞尿の方が面白い」。
その郷土史家には、北川さんの「講談はパロディ」が理解されていないようです。

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