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09/18/2016

いよいよ九度山へ。信幸が信之と名を変えた!


きょうの大河ドラマ「真田丸」、真田昌幸・信繁父子の九度山幽閉が決まりました。これから14年間(昌幸は途中で亡くなります)、山深い高野山の麓で苦難の生活が続きます。

わたしは過去2回、九度山に行きました。最初は3年前、「九度山真田フォーラム2013」に参加するため、2回目は今年3月、真田信繁ゆかりの地および今年できた九度山真田ミュージアム見学のため。さらに来月23日に「九度山真田フォーラム2016」出席のため、3度めの九度山行きを予定しています。

きょうのドラマでもうひとつ重要なシーンは、家康からの命令で、兄・信幸が真田一族の代々受け継ぐべき諱(いみな)の一字「幸」を捨てて「之」に改名したこと。諱とはその人個人の正式名称です。朝廷や正式の儀式のとき以外、諱を呼ばれることはありません。昌幸、信幸、信繁といった諱は表に出てこない大切な名前なのです。この点、ドラマ「真田丸」は「字」の源次郎とか位で呼んでいますが、最初の頃は諱も使っていたような気がします。NHKも不徹底ですね。

さて、ここで真田信繁が幸村になったのはいつか? という話題です。古文書には「信繁」だけで「幸村」と書かれたものがないことから、江戸時代に講談などで使い始めたとの説が広まりました。
しかし、北川館長は新たな説を唱えています。北川氏、旭堂南陵師匠、OSKで真田幸村役を演じてきた元TOPスター桜花昇ぼるさん、相手役として活躍した朝香櫻子さんの4人が高野山・蓮華定院にある真田家の墓にお参りして調べたところ、昌之の名前が「昌幸」に戻っていた(8/15の「あべの真田フォーラム2016」で北川氏から写真を見せていただきました)、すなわち昌之も死ぬ前に真田家の諱に入れるべき「幸」の字に戻していた・・・ということは信繁も(当時、兄は信之となっていたので真田を継承する「幸」を継ぐ者がいないため)、夏の陣に出陣する直前に「幸村」と名乗ったのではなかったか。というのが北川館長の推測です。
果たして、年末、ドラマの信繁は「幸村」と名を変えて出陣するのでしょうか? 大いに興味をそそられます。

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