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11/06/2016

ブラタモリ/大阪はなぜ日本一の商都になったか がおもしろかった!


11/5のブラタモリは「大阪はなぜ日本一の商都になったのか」、日本一高いあべのハルカスから大阪市街を眺めた後、上町台地の北のへり、次いで船場を歩いていました。
案内役の一人は新之助さん。書店に大阪高低差学会のユニークな本が並んでいますが、その著者にブラタモリでお目にかかれるとは・・・。

今年3月、大江南小学校隣の太閤下水を見に行ったとき、「背割下水(太閤下水)」と書いてあったので「背割」って何だろう?」と思ったのですが、そういう意味だったのですね。今年2月、船場を歩いたとき、町名がブロックと一致していないので違和感を持ちましたが、これも秀吉の町割りのアイディアだったとは!

秀吉は、通りの両側を同じ町内とし、向こう三軒両隣 安心して商売ができる町を作ったのです。これを両側町、背割りといいます。さらに秀吉は、人口が急増した町の衛生管理のため、町と町の目立たないわずかな隙間の地下に下水を造りました。この太閤下水が直線でなく曲がっている箇所は、谷の川に沿って流したところでした。
地形をうまく使って日本一の商都を造っていたことがよくわかります。大阪の歴史と地形がよくわかりました。

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