« キウイのたまご | Main | 真田昌幸×有働由美子アナ 、大阪に出没 »

12/08/2016

後藤又兵衛の死に関する新発見古文書の報道は間違っていた


東大史料編纂所本郷和人教授が、先週の「日本史ナナメ読み」(産経新聞)に、後藤又兵衛の最後を伝える新発見史料についてコラムを執筆していました。ところが今朝の記事を見ると、冒頭から「すいません! ごめんなさい! ぼくは現物を確認することなく、各紙の報道を参考に書いたのです。まあ、さすがに誤りはないだろう、と。・・・甘かった。今回、古文書の写真を入手して読んでみたら、「ええっ!」。各紙の報道とは異なる」。ということで、古文書の正確な読み下し文とそのまま現代文に訳した文章が並べてあります。
報道されていた内容では「(豊臣)秀頼の刀で首を落としたということは、今回新しく出てきたこと。秀頼からもらった大切な刀で最後の奉公を遂げた。又兵衛たちの秀頼に対する思いがものすごく伝わる貴重な史料だ」ということでした。ところが、この文書には

「又兵衛は討ち死に際し、<秀頼公より頂戴した脇差で私の首を討ち、秀頼公の御前に申上げてくれ>と小姓の長四郎に言った。長四郎は脇差を受け取ったが、又兵衛の首を切ることはできなかった。脇差だけを秀頼公へ差上げたのだった。脇にいた小姓は又兵衛の指物の片割れを討死の証拠として秀頼公へ差上げた」

「(今回の古文書を書いた)平右衛門が小姓2人が行動した後に、その場へ到着した」(その時、まだ小姓がその場にいたのなら、平右衛門が首をはね、大阪城に持ち帰ったはず。首は大阪城に運び込まれていないらしいことから、小姓はすでにその場から去り、遺骸だけが残されていたのではないか? 結局、だれがどの刀で首をはね、どこに運んだかは不明)

となっており、又兵衛の首を切ったのは秀頼から頂戴した脇差ではない!
・・・これだからマスコミは信用できない。

P10504011208


|

« キウイのたまご | Main | 真田昌幸×有働由美子アナ 、大阪に出没 »