« 大阪であの1匹丸ごと<焼き鯖> が食べられる | Main | 勇気ある知の巨人、渡部昇一氏亡くなる »

04/17/2017

醍醐の花見行列に登場した女性「孝蔵主」とはだれか?


4/9、醍醐寺の「豊太閤花見行列」に、「孝蔵主」(こうぞうす)という美女が登場しました。聞いたことのない女性だったので調べました。

角川文庫版司馬遼太郎「豊臣家の人々」46ページに次の文章が出てきます。

<これは(秀吉が差し向けた関白秀次への)死の死者である、と秀次は直感し、あくまでもかぶりを振り、(秀吉からの伏見への呼び出しを)受諾しなかった。ところが伏見から別な説き手がきて、別室で内謁を申し出た。尼の孝蔵主という老女である。北ノ政所の筆頭女官で、秀次は少年のころから、この尼とは親しかった。「尼の申すことをお聞きあそばれよ」と、彼女は笑顔でいった。太閤様は上機嫌でございます、いえいえ殿下をいささかもお疑いではございませぬ、この上はなんの御懸念がございましょう、という。秀次は宿老の大名どもには警戒したが、この尼には釣られた。秀吉の計略はあたった。この尼の方が、じつは死の死者であった>

伏見に行った秀次は捉えられ、高野山に送られ、そこで腹を切らされることになります。
北ノ政所側近の女官・孝蔵主が歴史上の大役を果たしたことがわかります。

それにしても、司馬さんの「豊臣家の人々」には、大河ドラマ「真田丸」で弱弱しく正直そうで、淀殿に拾が生まれて秀吉からうとまれた可哀そうな人物として描かれていた関白秀次(秀吉の姉夫婦の子供)の無能で残虐な実像が次々暴かれています。

・無能と臆病のため、小牧・長久手の戦いで全軍壊滅し、その後の歴史を変えた。
・関白になってからも、町に出て辻斬りをして町民を殺し、手ごたえをおもしろがった。「公家共に、これだけの勇気はあるまい」。
・三十余人の妾(十代が十一人、三十代が四人、四十代が一人、六十代が一人、あとは二十代)のなかには、母娘も含まれ、「母子併姦など、もはや畜生道である」、と言われていた。

「真田丸」では自分から姿を消し、高野山で自害したことになっていたのでしたっけ? 実際は秀吉がそう仕向けたということですね。


|

« 大阪であの1匹丸ごと<焼き鯖> が食べられる | Main | 勇気ある知の巨人、渡部昇一氏亡くなる »