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10/17/2017

大化の改新が行われたのは奈良でなく、大阪だった

日文研の井上章一教授が、産経新聞夕刊に連載中の「大阪まみれ」にお書きになっていた話。
645年の大化の改新は、最近は「乙巳(いっし)の変」とよばれます。この2日間で終わったクーデターは確かに奈良で起きました。私もクーデターの密談をした桜井の談山神社に行って、蘇我入鹿の首が空中を跳んでいる有名な絵を見たことがあります。

天皇はすぐ都を大阪に移し、難波宮で大化の改新を始めます。 難波宮の存在が明かになったのは、昭和35年ころから(当時、学会では発掘推進者の山根徳太郎博士は、幻の都を追い求める学者と冷笑されていました)ですから、私が小学校、中学校で習った歴史には出てきませんでした。

最近の歴史学では、「大化の改新が行われたのは難波宮、すなわち大阪」と定まっているのに、「奈良だと思っている人が多い」と、井上先生は驚いています。

いつもながら、井上先生には教えられることが多いですね。

なお、以前磯田道史日文研准教授が、次のようにNHK BSP「英雄たちの選択」でおっしゃっていました。

乙巳の変:645年の中大兄皇子と中臣鎌足による蘇我入鹿暗殺などのクーデターを指します。
大化の改新:その後に行なわれた天皇の権力強化と中央集権化を目指す一連の政治改革を指します。


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