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05/12/2018

きょうの昼食

午前中は歴史案内人の会の定例会議、引き続き午後は帝塚山古墳(前方後円墳、普通中に入れませんが、歴史案内人の会の街歩きでは登れるコースがあり、登山証明書(有料)も発行されます)の草刈り。

の予定だったのですが、もと富士通のおえらいさんが「ここで食事をしよう」というので帝塚山の和菓子屋秀信そばのレストランで昼食をとりながら話し込んだため30分ほど遅刻。到着してみると、業者の人二人だけ作業していて「みんな帰りましたよ」。30分で終わるわけないので、予定が変わったのかもしれません。

ところで日替わり定食(コーヒー付980円)を食べながら話したのは・・・「学生時代に富士通研究所で1か月実習させていただいた。当時の名前は富士通信機製造で富士通に変わる直前」、「当時お世話になった方に、後日(その後行われた)大学院の入試に落ちていたら、拾いに行こうと思っていた、と言われた」、「鉄鋼会社に入って数年後にパソコンが登場。NEC全盛期だったころ、後発の富士通初のパソコン・マイクロ8を25万円くらいで購入した。初めて文字フォントを内蔵したパソコンだったが、1文字ずつコードを入力しなければならなかった。当時のパソコン雑誌はNECの記事ばかり。おかげで必死になって富士通用にBASICのプログラムを移植したりして勉強せざるを得なかった。これがずいぶん役に立った」などという懐かしい話ばかり。お相手さんからは当時の富士通とNECの戦略の違いや先行きの見通しの難しさなどについて話が出ました。

コンピュータの言葉も変化する(端末の位置づけが、奴隷からお客様へ=ホストコンピュータとスレイブ→メインフレームとクライアント=)とか、ホストコンピュータが弱かったNECは、パソコンに活路を見出して成功した、ところがそれがその後の世界共通規格に乗り遅れる原因になった・・・など面白い話題でした。


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