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08/05/2018

西郷どん、3度目の結婚

きょうはかねて申し込んで当選していた大阪歴史博物館「西郷どん講演会 明治維新の原動力となった薩摩藩と西郷隆盛」の日でした。講師は大河ドラマ「西郷どん」の監修者・原口泉氏(鹿児島県立図書館館長・志學館大学教授)。原口氏は大阪局制作「あさが来た」でも五代友厚の時代考証を担当され、BK(大阪局)によく出入りされていたそうです。

早口の上に専門的な歴史の話とドラマの裏話がひっきりなしに交錯するいささか難解な講演でしたが、おもしろい話をたくさん聴きました。

きょうの放送で、3度目の結婚をした相手・糸(黒木華さん)は吉之助と幼馴染という設定になっていますが、これはあり得ない話。中園ミホさんの脚本を見たときは仰天したそうです。吉之助が生まれたのは1827年、糸は1843年です。年齢差16歳ですから、吉之助が子供のころ、糸はまだこの世に生まれていません。中園ミホさんは「それでいいの」と平気でしたが、さすがにこれはばれるだろう・・・。対応に頭を悩ませていたところ、ナレーションの市原悦子さんがすでに1回目の集録を終えていましたが、体調不良で降板することに。後任の西田敏行さんが「ナレーションでふれましょう」と提案し、エンディングで「事実は確認されておりません」と付け加えることで決着。

ついでながら西田敏行さんの先祖は薩摩の人で、火薬の製造をしていたとか。不思議な因縁です。

西郷家の使用人・熊吉が「ちっとも齢をとらないのはなぜか」と質問がくるそうですが、それもそのはず、熊吉の父・熊次郎もそのまた父も西郷家に仕え、ドラマでは3代の使用人を一人の熊吉で代表しているそうです。

知られていませんが、日本にも奴隷がいました。奄美の黒砂糖は奴隷が作っていました。ドラマはその史実を描いています。ただし、愛加那が代官を襲うシーンは創作。奴隷を取りまとめる武士並み身分の家に生まれた愛加那は、襲われる側の人間です。代官も薩摩の法に従って、厳しい取り立てをしていただけで、悪徳人というわけではありません。

徳之島に流されたとき、愛加那の前にもう一人女性がいたそうですが、人妻だったのでドラマでは省略。

「ドラマは歴史ドキュメントではなく、ヒューマンドキュメント」。天保11年(1840)にはまだ生まれていない糸が、ドラマでは吉之助と出会っている・・・。「ドラマを見た人が心を打たれ、ああいう人になりたい、と思ってくれればいい。現代人は<やれるか、やれないか>を考えるが、幕末の人は<やるべきか、やらざるべきか>を考えた」。
史実を明らかにし、あとはドラマを作ってもらう、というスタンスで時代考証をしているそうです。

ドラマでは西郷家と大久保家は隣りあわせですが、実際は150mほど離れているそうです。

ドラマに出てくる書簡はすべてゼミ生が書いているとのこと。明日までに書いてくれと言われたりして、大変。

西郷吉之助は、その時点、その時点で目標達成のため全力を尽くした・・・など面白い話満載でした。

「会津藩から長州藩へと、手を組む相手を変えた幕末の薩摩藩。政治主張は一貫していないようにも見えるが、じつは目指す先(外様大名も国政に参加した集権国家をつくる)がブレたことはなかったのだ。薩摩藩が一貫して目指したものを知ることで、幕末における動乱の実相が浮かび上がってくる」

薩摩藩が影響力を持った理由として、①将軍や近衛家との姻戚関係を背景とした強い政治力、②国境を超えたロジスティックによる経済力・情報網、③大砲をつくることのできる反射炉や芋焼酎を利用した雨の中でも発射できる雷管銃等による強大な軍事力、の3点を挙げていました。

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