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10/09/2018

大和川付替え展鑑賞と付替えの起点見学


JR大和路線に乗って柏原(下車したのは高井田駅。帰りは近鉄・安堂駅から)。横穴古墳群を見ながら少し山を登って、柏原市立歴史資料館に到着。
撮影もブログ投稿も自由といううれしい博物館です。

帰りは少し足を延ばして、柏原市役所前の大和川付替えの起点(旧大和川が北上していた場所に築留を築き、流れを真西に替えた地点)とその上にできている治水公園(大和川付替え250年碑や中甚兵衛翁碑があります)、その下の二番樋(旧大和川がなくなるため、大和川の水を長瀬川に引き込む取水口)も見てきました。
大和川付替えに興味をお持ちで、まだご覧になっていない方は、必見です。大和川付替えの歴史資料の現物と現地を自分の目で確認できます。特に歴史資料館には付替え推進派の資料が、ほぼすべて網羅されています。

以下、今回資料館で3時間かけて、あらためて確認できたこと。
1.なぜ大工事が8カ月で完成したのか?(略)
2.南側の堤防に比べて、北側の堤防は幅が広く、高さも高かった。その理由は?(堺の人に怒られそう。略)
3.旧大和川が淀川と合流する手前にあった「深野池」「新開池」はなんと発音されていたのか?(「ふかのいけ、しんかいいけ」でなく、「ふこのいけ、しんひらきいけ or しんがいけ(いはひとつ)」)
4.1日1万2千人の労働者はどこに宿泊したのか?(労働者は近隣住人が主。宿が必要な人は農家に泊まった。「請負人足、日用(ひよう 日雇い)を泊めるときは、身元が確認できた人に限る」、とのお達しも出ていた)
5.膨大な堤を造成した土は、どこから運んできたのか?(綿密な測量により、川底を掘削したのは瓜破と浅香のみ。さらに南側から北上してきた水が新川の堤防にぶち当たらないよう、新川沿いに「悪水落とし堀」を掘った。これらから出る土砂の量は、堤防を築くのに必要な土砂とほぼ等しくなることが予測できた。したがってよそから土を持ってくる必要はなかった)
6.大和川の堤防は、掘った土を積み重ね、外見を重視した手抜き工事だった。断面調査の結果、堤防に不向きな砂などの層が混じっていた。現在の堤防はもともとの手抜き堤防がベースになっているので完ぺきな構造とは言い難い。

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