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12/30/2018

あきれた反日政治家、謝罪外光の付けが今の韓国

今朝の産経新聞、門田隆将さん。

https://www.sankei.com/column/news/181230/clm1812300003-n1.html

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OSM版 住吉大社石碑マップ


半年ほどかけて、「NPOすみよし歴史案内人の会」の学習グループ活動で、住吉大社境内の歌碑・句碑・文学碑・石碑の文献調査と現地調査を続けてきました。(小出権禰宜さんの私家本をお手本にして)
12/16のマッピングパーティーで、オープンストリートマップの基本を教えていただいたので、さっそく応用してみることに。

境内にある石碑は 102プラスアルファ。
芭蕉や西鶴、川端康成などの碑、歴史的に重要な建物や史跡の標柱や案内など盛りだくさん。
立入できない場所にあるもの、行方不明になっているものを除き、すべてをOSMに登録し、世界中から見られるようにしようという、初心者らしからぬ?計画でした。

すでのほかの方が入力されている石碑もありましたので、私が新たに入れた石碑は90あまり。本日ほぼ作業が終了しました。
ただせっかく入力したのに重なって、地図に名前が表示されないなどうまくいかない点もいろいろ。紙ベースでも情報が多い方がいいですから、位置をずらしたり工夫したのですが、それも限界があります。
そこで、住吉大社3万坪の境内をA4 5枚(の上半分)の地図に分割し、さらに石碑が多数ある場所は、下半分のスペースに別途拡大図をつけました。もっとも地図の拡大には限界がありますので、個別の名前が読み取れる編集画面をコピーして用いました。

添付写真は、5枚のうちの1枚です。

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「日本国紀」55万部、新たに副読本も


安倍総理が正月休みに読む本3冊のうちの1冊が「日本国紀」。
私もすぐ買って読みました。教科書や歴史家が書かない視点からの話が多く、楽しめる内容でした。副読本はまだ買っていませんが、今度買ってこよう。

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「日本国紀」で日本歴史をざっと振り返り 8


第四章「鎌倉幕府~応仁の乱」(後)

・南北朝の統一は足利三大将軍義満の時だった。義満の横暴ぶりは凄まじかった。公家の妻や妾を差し出させたり、天皇の権限を奪ったりした。皇位簒奪(さんだつ)を狙う義満の計画は、突然の死亡(暗殺された?)で実現しなかった。→金閣の足利義満はこんなとんでもない人物だったのですか。
・日本の一部の教科書には、「明が勘合を用いた管理貿易に乗り出したのは、もっぱら日本人海賊に苦しめられたため」と書かれているが、正確でない。勘合貿易は、日本に利益を与える代わりに、日本に倭寇を取締らせるものだった。→学者の書いた本が正しいとは限らない。
・今日の日本の歴史教科書は、相手国に対する侮蔑な言葉として「元寇」の使用を避けている。それなら我が国を貶める「倭寇」もおかしい。歴史用語を現代の感覚で言い換えたり、使用禁止にするのは間違いである。→この指摘は前にも出てきました。
・石清水八幡宮で籤引きをして選ばれた「籤引き将軍」義教。激しい気性は織田信長に通じる。→「徒然草」でもおなじみの石清水八幡宮、2年前に行ってきましたが、昔からたいへんな権威を持っていたようです。それにしても籤引きで将軍を選んだとは・・・
・室町文化の特色は「わび・さび」。それを象徴するのが足利義政の銀閣。祖父・義満の金閣に対抗したが、財政難のため銀箔を貼ることができなかったといわれてきたが、平成20~22年の解体修理で否定され、内外の壁が黒漆で塗られていたことが判明している。もともともと金閣・銀閣という名前は江戸時代に付けられた通称で、対照させられる建物ではなかった。→これも意外な裏話です。あの話は間違いだったのか。
・10年以上も続いた応仁の乱は、息子を将軍にしたいという母の我儘な思いから始まったが、これほど無意味で目的もわからない戦いはなかった。まさに「ひとよむなしい(1467)応仁の乱」だった。2年前、応仁の乱がブームになったころ、本を読んだり磯田道史さんのNHK番組を観ましたが、複雑すぎて頭に残っていません。
・応仁の乱により、身分制度・法秩序が崩壊し、下剋上の思想が生まれた。
・琉球独立を唱える人々の中には、琉球はそもそも日本ではないと主張する者がいるが、民族的にも言語的にも日本である。中国に対して朝貢貿易をしていた歴史はあるが、中国の領土だった時代は一度もない。→中国が喜びそうな主張をする人がいますが、本気?

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12/29/2018

「日本国紀」で日本歴史をざっと振り返り 7


第四章「鎌倉幕府~応仁の乱」(中)

・「文永の役」「弘安の役」は、現在「元寇」と呼ばれるが、これは江戸時代に徳川光圀が「大日本史」で使ったもの。最近の歴史教科書は、「元寇」「蒙古襲来」はモンゴルや中国に対する侮蔑的な言葉であるから使わないという流れになっている。笑止千万である。歴史用語を現代的な感覚で言い換えたり、使用禁止にする行為は、歴史に対する冒とくである。→江戸時代に水戸光圀が作った言葉だったとは・・・
・世界の大半を征服したモンゴルからの攻撃を二度まで打ち破った国は、日本とベトナムだけ。→へーえ。
・困窮した御家人、不満が蓄積していった武士・・・治安が乱れ、西日本各地に徒党を組んで他人の土地や財産を奪う武士集団「悪党」が生まれた。14世紀になると、悪党は幕府の権限も及ばないものになっていく。→現在の「悪党」とはニュアンスが違っていますね。
・優雅を重んじた平安の貴族文化から質実剛健な武士の文化へ。「平家物語」などの軍記物語、説話集、随筆の「徒然草」「方丈記」、力強さにあふれた運慶・快慶の金剛力士像など。→武士らしい文学、芸術が花開きました。
・「救済は僧によってもたらされる」とする従来の仏教に対し、「個人でも念仏を唱えれば救済される」と説いたのが法然と親鸞。平安時代末期の仏教界はすっかり堕落腐敗していた。親鸞は、偽善と欺瞞を打ち破るため、あえてそれまでの僧が隠れて行っていた肉食妻帯を公言した。→堕落腐敗していた仏教に新風を吹き込んだのが、法然・親鸞だったということですね。
・南北朝に分かれたのは、持明院統(北朝)と大覚寺統(南朝)に分かれたのがきっかけ。室町時代には南朝が正統と見做されていたが、その後は北朝が正統とされた。江戸時代になって、水戸藩が編纂した「大日本史」は三種の神器を捧持(ほうじ)していた南朝を正統とし、南朝正統論が有力となった。ただ、北朝が持っていた三種の神器が偽物というのは後醍醐天皇の主張によるもので、実は本物だった可能性が高い(足利尊氏が南朝と和議を結んだとき、南朝は北朝から三種の神器を取り戻した。偽物なら取り戻す必要はない)。
南朝が正統との考えは、明治になっても受け継がれた。学会においては、南朝・北朝が対等に扱われ、国定教科書もそうなっていた。ところが明治44年に、国定教科書が南朝を正統とし、以後、北朝は認められなくなった。以後、大東亜戦争(世界大戦は、戦後GHQが押し付けた名称)終結まで「南北」という言葉は学会で禁句となった。北朝の5代の天皇は、歴代125代の中に数えられていない。→南朝の御村上天皇は住吉に置かれた行宮(あんぐう)で最晩年の8年間を過ごしました。御村上天皇は「建武の中興」をリードした後醍醐天皇の皇子、住吉の行宮(天皇の仮の住まい)は住吉大社の神主・津守氏の居館(正印殿)でした。行宮跡は住吉大社の近くにあり、「NPOすみよし歴史案内人の会」のまち歩きコースの中にも組み込まれています。

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12/28/2018

「日本国紀」で日本歴史をざっと振り返り 6


第四章「鎌倉幕府~応仁の乱」(前)

・鎌倉幕府成立は、頼朝が征夷大将軍に任命された1192年とされてきたが、現代ではそれ以前に始まっていたとする説が主流。1180、1183、1184、1185、1190年説などがある。
・鎌倉幕府という概念は、明治時代に生まれた。当初の鎌倉幕府は東国支配の地方政権、西日本は朝廷が実権を握っていた。
・北条氏は源頼朝の庇護者であり、頼朝の妻・政子は北条氏の出。当時は女性が結婚しても出身家の姓を名乗っていたので北条政子と呼ばれた。→住吉大社の「誕生石」は、北条政子が<頼朝の子を身ごもった丹後局>を殺そうとしたため、住吉大社境内まで逃れてきた丹後局が大きな石を抱えて出産した場所と伝えられる。このとき生まれたのが、島津家初代・島津忠久。
・北条政子が尼将軍と呼ばれるのは、鎌倉政権に不満を持つ武士や僧兵に対抗するため、御家人(頼朝と主従関係にある武士)を集め、頼朝がいかに彼らのために戦ってきたかを熱く説いた名演説に由来する。
・「一所懸命」は鎌倉幕府の御家人が、自分の土地をしっかり耕し、命を懸けても守り抜くというのが語源。一方、御家人たちは日常的に戦いの訓練を怠らず、もし鎌倉に危機が迫れば、馳せ参じた(「いざ鎌倉」)。→井上章一「京都ぎらい 官能篇」P229によれば、「関東の御家人たちは、おおむね自分の在所にとどまった。一所懸命ということでもあるのだろう。日常的に鎌倉へ出向く習慣はなかったようである。鶴岡八幡宮の修理にこいというていどの要請なら、たいてい理屈をつけてことわった。「いざ」という時にしか、かけつけなかったということか」
・12世紀の終わりに、チンギス・ハーン率いるモンゴルが突如、ユーラシア大陸のほとんどを支配する大帝国を築いた。その版図は歴史上最大で、世界人口の半数以上を統治した。
・その孫、フビライ・ハーンは日本に武力制圧をほのめかす国書を送ってきた。朝廷はおろおろするばかりだったが、北条時宗は断固黙殺した。現代の歴史学者の中には、国際情勢と外交に無知だったと批判する人がいるが、無礼な手紙に返事をしないのは当然。彼は屈辱的な外交はできないと、恫喝に委縮することなく、誇りを持って対応した。1237年、元(蒙古)は対馬・壱岐を襲い、多くの島民を虐殺した(文永の役)。捕虜の女性の掌に穴を空け、繩を通して舟べりに吊り下げた。2週間後、軍船は高麗に引き上げたが、多くが沈んだ。かつては台風のためとされたが、新暦11月であり、玄界灘の時化に巻き込まれたと考えられる。
・1275年、時宗は元の使者を斬首した。現代の学者は批判するが、彼らは日本の地理や国情を調べる偵察員だった。1281年、元は世界史上最大規模(4500艘、14万人)の軍隊を送り込んできたが、大型台風も襲来し、元軍は壊滅状態になった。

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12/27/2018

江戸の大坂を、現在の地図上に精密に復元


面白い地図を見つけて買ってきました。1080円。
大坂三郷および天王寺周辺、平野郷、住吉大社門前の江戸時代の絵地図を利用し、川と堀・橋と渡し・街道と口・通りと筋の位置を、国土地理院の1万分の1地形図上に、精密に復元してあります。
さらに居住地の区分を大坂城および武家地・寺院地・神社地・町地・町続在領に分類し、色分けしてあります。
武家地については、城代屋敷・東西町奉行所・与力同心屋敷など幕府関係の施設が大坂城を中心に立地し、諸藩の蔵屋敷が中之島周辺に集中していることも一目瞭然、。大坂の有力町人の居住地も示してあります。例えば「あさが来た」にも出てきた天王寺五兵衛や平野屋五兵衛が住んでいたところとか。
さらに、芝居小屋や遊郭、名所旧跡なども書いてあり、住吉大社の御田植神事とも縁のある新町廓があった場所もすぐ見つかります。
この地図を眺めると、天下の台所・大坂の繁栄ぶりがよくわかってきます。

なお、住吉大社の境内には、いまはなき神宮寺があり、少し離れたところに津守寺もあります。いまは卯の花苑のところに移動している東鳥居も、東門の位置に描かれています。

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昨日は「むかしのくらし展」へ


私もメンバーの一員になっている「NPOすみよし歴史案内人の会」は、ボランティアガイドやシンポジウムの開催だけでなく、小中学校に出掛けて、出前授業もやっています。テーマは「むかしのくらし」や「リースやしめ縄作り」「住吉大社が日本遺産に認定された北前船とは」など。

私は今まで手を挙げていなかったのですが、「1月下旬の<むかしのくらし>授業は、あなたの家の近くの小学校だから」と断れない雰囲気に。

そこで、ちょうど「くらしの今昔館」で「むかしのくらし展」を開催中なので、バスと地下鉄を乗り継いで何ヵ月ぶりかで天神橋筋六丁目の同館へ。

写真OKでしたので、貴重な昔の道具(あんどん、氷冷蔵庫、洗濯板、ダイヤル式電話機、はえとり器、かまど、はがま、ちゃぶ台など)をカメラに収めてきました。

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迎春準備は着々、住吉大社で縁起もの「住吉踊」作り

12/26付産経新聞夕刊。全部業者が作っているのかと思ったら、笹の枝は神楽女の皆さんが丁寧に取り付けるんですね。そうと知れば、ありがたみが増すような・・・。


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江戸の大坂を、現在の地図上に精密に復元


面白い地図を見つけて買ってきました。1080円。
大坂三郷および天王寺周辺、平野郷、住吉大社門前の江戸時代の絵地図を利用し、川と堀・橋と渡し・街道と口・通りと筋の位置を、国土地理院の1万分の1地形図上に、精密に復元してあります。
さらに居住地の区分を大坂城および武家地・寺院地・神社地・町地・町続在領に分類し、色分けしてあります。
武家地については、城代屋敷・東西町奉行所・与力同心屋敷など幕府関係の施設が大坂城を中心に立地し、諸藩の蔵屋敷が中之島周辺に集中していることも一目瞭然、。大坂の有力町人の居住地も示してあります。例えば「あさが来た」にも出てきた天王寺五兵衛や平野屋五兵衛が住んでいたところとか。
さらに、芝居小屋や遊郭、名所旧跡なども書いてあり、住吉大社の御田植神事とも縁のある新町廓があった場所もすぐ見つかります。
この地図を眺めると、天下の台所・大坂の繁栄ぶりがよくわかってきます。

なお、住吉大社の境内には、いまはなき神宮寺があり、少し離れたところに津守寺もあります。いまは卯の花苑のところに移動している東鳥居も、東門の位置に描かれています。

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12/25/2018

きょうは孫といっしょ

朝から夕方まで、小2と小1の孫娘を預かり。サンタさんからのプレゼントがよほどうれしかったのか、大事そうに抱えて、(珍しく?)朝から二人ともおとなしくお勉強。ママからの指示で算数、国語の課題をひととおり終えた後、おばあちゃんが用意していた双六(何十種類も収録した本)で遊びました。

家の中だけでは有り余るエネルギーを発散させられないので(といってインフルエンザが怖いので人混みは避けて)、昼食後、近くの公園に出かけ、暖かい太陽の下で砂遊び・縄跳び・鉄棒など。

帰ってケーキを食べ、バスで天王寺に出てハルカスで夕食。
18時、Q'sモールで、ママに引き渡して無事任務終了。
小学生のパワーに、おじいちゃん・おばあちゃんも疲れます。

写真は、公園で見つけた奇怪な顔(細い目・・・)を持つ物体。

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骨付き鳥 今回は「手羽元」


丸亀名物骨付き鳥。冷凍品を家庭で食べました。今回は「手羽元」。スパイシーでなかなかおいしいですね。

ちなみにwikipediaを見ると、
<骨付鳥(ほねつきどり)は、鶏の骨付きもも肉を焼いた香川県丸亀市のご当地グルメ。塩とコショウとニンニクで下味付けした鶏もも肉を焼いたもので、丸亀にある居酒屋「一鶴」の創業者(近藤定市、田鶴子夫妻)が、ハリウッド映画に出てきたローストチキンをヒントに1953年から売り出した。その後、一鶴が横浜市、大阪市に進出し、うどんに次ぐ香川県の名物として注目されるようになった。・・・>

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クリスマス リース


我が家の玄関 (外) が にぎやかに。

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1月に参加したい行事予定


住吉大社初詣・踏歌神亊(1/4 11時)・白馬神亊(1/7 11時)・御結鎮神事(1/13 10時)、消防出初式(1/6 10時 ATC)、住吉大社石碑学習会、住吉歴史案内人の会定例会と新年会、四天王寺どやどや(1/14 14時ごろ)、苅田南小学校出前授業見学、古文書研究会、新進落語家競演会(1/18 18時 天満天神繁昌亭)、OSMマッピングパーティー(1/19 10時 大阪港駅西改札口)、平野区奥田邸見学、大領小学校出前授業、古文書研究会新年会。

住吉大社に建立される遣唐使顕彰碑の除幕式にもできれば・・・

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12/24/2018

戦後の法制度 考証に苦労、「まんぷく」


12/21付産経新聞、チーフプロデューサー真鍋斎さんの書いた「まんぷくの舞台裏」は、「戦後の法制度 考証に苦労」。
現在、萬平は逮捕されて塀のなか。これで3回目です。
モデルになった安藤百福さんも3回ほど逮捕されているそうです。
この時代、GHQ主導の法律と国内の法律が渾然としており、複雑極まりない法制度となっていました。
脚本を作る際、考証に大変苦労したそうです。

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楠木正成、大河ドラマ化なるか ?


関西の楠木正成ゆかりの各地が連帯し、大々的な運動を展開していますが、実現するでしょうか?
数年前から「楠木正成を読み解く」シリーズを連載している産経新聞、きょうの紙面は「平成の終わる年に 『楠木正成』通じ日本人を考える」。

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クリスマス リース


我が家の玄関 (外) が にぎやかに。

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井上章一「京都ぎらい 官能篇」


帯の文句「あの古都は、まだとんでもない知られざる歴史を秘めている。京都が千年「みやこ」であり続けた秘密は「おんな」。その魔力に、「時の権力者たちは骨抜きにされてきた。かぞえきれない男たちが人生をくるわされてきた。エロティックな<磁場>に、足を踏み入れれば、いまもなお、ただではすまない・・・あの街と日本史の見方が一変する一冊!」

目次
古典と嵯峨、白拍子のかくれ里、京都はかわった、武者をとろけさせる女たち、共有された美女、王朝の力

本書は、「古典文芸から、京都の宮廷における性の政治」を探った、教科書には出てこないユニークな本です。

桂離宮は遊郭とそっくり、ノーパン喫茶発祥の地は大阪でなく京都である、等は序の口。牛若丸の母・常葉は、夫・源義朝を亡き者にした平清盛にすがりつつ、枕もともにしながら生き延びていきます。清盛の前へ、自分から出向く常葉の胸の内は、井上流解釈によれば
「あたしはまだきれいだ。少しやつれはあるけれど、そんなのは宮廷仕込みのエレガンスでおぎなえる。見てらっしゃい、平家の方々。あたしの美貌で、魅力で、あなたたちなんかうちのめしてやるから。清盛なんかいちころよ。今若、乙若、牛若、みんな安心していてね。負けないわ。これからが、あたしのたたかいよ」。

興味を持たれた方は書店でぜひどうぞ。朝日新書、2017.12.30、780円。


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12/22/2018

「世界一美しいオシャレ野菜、ロマネスコ」を使った料理


スーパーから買ってきたのは私ですが、調理は奥さんです。
くせがなく、淡白で食べやすい野菜でした。

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きのこ敗北、おわびキャンペーン?


なんじゃこれ? 「たけのこ」が「きのこ」に勝ったのか?
おわびのしるしに、「きのこ」の箱を大きくしたのか?

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きょうは冬至、生根神社(玉出)の「こつま南瓜祭り」です

800円の初穂料で「蒸し南瓜付祈祷券」を授与してもらい、南瓜は家に持ち帰って、昼食の一部(ゆず茶も追加)として食べました。生産量が少ないため、西洋カボチャとなにわの伝統野菜「こつま南瓜」の比率は半々。こつま南瓜は、形はごつごつしていますが、甘みがあって繊維質も多いですね。

南瓜祭りの様子は、動画でどうぞ。
https://youtu.be/zt8ydVtJAug

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12/20/2018

日本、IWC脱退。商業捕鯨再開へ


韓国のいいなりをやめたのに続き、日本もやっと行動で示す国に。

https://www.sankei.com/politics/news/181220/plt1812200004-n1.html

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中国に拘束されるのは、親中派外国人?


12/20付産経新聞に、奇妙な記事が・・・。最近、カナダの外交官等が相次いで中国当局に拘束されています。
さぞかし日頃から中国批判の言動で知られた人物かと思ったら、まったく逆なのだそうです。

「中国が外交カードを選ぶ時、なぜ中国に批判的な外人活動家ではなく親中派を選ぶのか?」
元共産党幹部に疑問をぶつけると、「人権活動家を拘束すると、国際社会で支援の輪が広がり、収拾がつかなくなる。釈放後見聞したことをばらされる」、「親中派ならコントロールしやすい」と答えたそうです。
かわいそうな親中派外国人・・・

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ニュースはすべてフェイク、だから自分で考える。養老孟司

https://www.sankei.com/west/news/181220/wst1812200001-n1.html

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12/19/2018

「日本国紀」でざっと日本歴史を振りかえり 5


第3章「平安時代」(後)
・藤原道長の息子、頼道の時代に「刀伊(とい)の入寇(にゅうこう)」が起きた。満州の女真族が対馬・壱岐・北九州を襲ったのだ。朝廷は武力を用いず、ひたすら祈祷するばかりだった。撃退したのははみ出し者だった。←「平和」を唱えているだけで、平和が維持できるのなら、「台風よ来るな」で台風が逃げてくれるはず、という話が頭に浮かびます。 
・朝廷は治安を維持する警察機構を持たず、戦いは武士に任せきりだった。雅を愛する平安貴族は「戦」のような野蛮なものを「穢れ」として忌み嫌った。←こうして時代は、武士の世へと変わっていきます。
・平安時代には死刑がなかった。人権意識が進んでいたからではない。天皇や太政官は自分たちが死刑を宣告すると、「身が穢れ」、死刑に処されたものが怨霊となって祟ると恐れたからである。嫌なものは目に入らないようにしていただけだった。地方では死刑がふつうに行われた。←これこそ歴史学者に理解できない「穢れ」思想ですね。井沢元彦さんお得意の。
・飛鳥時代は常に外国からの侵略に備えていたが、平安時代は完全な平和ボケ、国を守る考えが希薄で、現実的な判断力を失っていた。←戦後の日本も似ています。
・日本史を大きく変えた保元の乱は、崇徳上皇と後白河天皇の争いだが、どろどろした人間ドラマがあった。白河法皇が孫の妻と不倫して生まれたのが崇徳上皇である。百人一首の「瀬をはやみ 岩をせかるる 滝川の われても末に あはむとぞおもふ」は二つに分かれた急流が、いつかは一つになって出会うこともあろういうもので、やがて皇統が一つになってほしいという崇徳上皇の願いを込めた歌である。崇徳上皇は戦いに敗れ、讃岐に流された。崇徳上皇は日本最大の怨霊となった。崇徳上皇の死後、武家出身の平清盛が政治の実権を握り、「民」が「皇」となった。この後、皇室は崇徳上皇の御霊を祀るため、百年ごとの式年祭を行っている。←崇徳上皇の百人一首にこんな深い意味があったとは! 皇室がいまでも崇徳上皇の御霊を祀るため、百年ごとの式年祭を行っているとは! こうしたどろどろの歴史に興味のある方は、1年前に刊行された井上章一「京都ぎらい 官能篇」(朝日新書)をぜひお読みください。
・平氏と源氏の戦いは、初めての天下を二分する国内戦争だった。この戦いは武士のみで行われ、一般民衆はまったく巻き添えになっていない。ヨーロッパや中国とは違っていた。←へーえ、そうなんですね。

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動画 幕末京都オープンデータソン#8:龍馬とお龍とお稲荷と

https://youtu.be/gQq1Qr1EfwY

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12/18/2018

世界一美しいオシャレ野菜、ロマネスコ


「なに? これ」。スーパーの野菜売り場で見つけた奇妙なPOP「インスタ映えする野菜」。
まるで大仏さんの頭みたいです。
調べると、アブラナ科の野菜です。カリフラワーの一種、ブロッコリーも仲間です。「世界一美しいオシャレ野菜」だそうです。

小さな突起の一つひとつが花のつぼみ。これらがらせん状にきれいに並んでいます。
くせがないので、サラダ、ピクルス、グラタンの具、パスタなどにも使えるようです。

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マラソン発祥の地


京都の三条大橋の東詰め北側にありました。

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昨日はオープンストリートマッピング初参加


30名近くで、龍馬とおりょうの京都史跡巡り。阪急 大宮駅前集合後、武信稲荷、六角獄舎、土佐藩邸跡、土佐稲荷、酢屋・・・
14時から、京都府立図書館でオープンストリートマップのインプット作業、成果は直ちに全世界に発信されます。「祝世界デビュー」と祝福され、ちょっと嬉しい。
基本的なことを教えて頂いたので、忘れないうちに、住吉大社の石碑データなどを登録してみよう。
ちなみに昨日の歩数は 18800歩(図書館から三条小橋の懇親会場まで歩いたので)。

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12/17/2018

ミニシュトレン


コンビニに小型のシュトレンがあったので、買ってきました。広島のタカキベーカリー製だったこともありますが。

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12/16/2018

ミッションスクールに美人が多いのはなぜか


先月、日文研で「細川ガラシャはいつから美人になったのか」のセミナーを受講した時、推奨された本です。12/16付産経新聞に書評が掲載されていました。

https://www.sankei.com/life/news/181216/lif1812160015-n1.html

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軽減税率 まるで謎かけ


こんな複雑なものをほんとにやるつもり?
12/16日付産経新聞。

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12/15/2018

動画 豪華華麗な「OSAKA光のルネサンス2018」


去年大評判になった台湾・台南市の人たちが大阪のこのイベントのために作った1000個のランタンが中之島の夜を彩る「台南・光の廟埕(びょうてい)、「ビッグスノウマンの親子」、「幻想的なひかりの実」、「大阪市中央公会堂開館100周年記念ウォールタペストリー<百年の輝き>」(プロジェクションマッピング)を3分間の動画に編集しました。
なお、大阪市役所で台南の観光PR展示およびイベントが行われています。
開催期間は、12/14~12/25です。

https://youtu.be/8WQ-mcW0wR8

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こちらには参加できそう、こつま南瓜祭り


去年お詣りしたら、案内のはがきがきました。今東光の小説でも知られるこつま南瓜(かぼちゃ)ぜんざい風を食べて、中風除け・ボケ封じ・無病息災祈願を。


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天王寺動物園にゴーゴ帰ってきた。551がそろい踏み


12/15日付産経新聞に牧園長が書いています。繁殖協力のため、白浜のアドベンチャーワールドに長期出張していたホッキョクグマのゴーゴが帰ってきました。
これでイッチャンとあわせて、551のそろい踏み。ちなみにゴーゴとイッチャンは、「551の蓬莱」からの資金援助で導入した動物です。同じくキリンのハルカスちゃんは、あべのハルカスの近鉄から。

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生食用と加熱用の違い

https://newspass.jp/a/1jxwn

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今年の「天下の台所 大阪まつり」は堺で

いつもなんばの大阪府立体育館(エディオンアリーナ)で開かれていた「天下の台所 大阪まつり」、今年は堺で開催だそうです。2日間でまぐろ60本を次々解体するなどユニークなイベント。一企業の催しなのでしょうが、府のゆるキャラも登場してびっくりしました。
行く予定でしたが、明日の京都行きの準備もあるし、止めておこう。

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12/14/2018

発売2か月で50万部


確かに読みやすく、日本の歴史に親しみが持てます。
現代から遡って全部読み終わり、2回目は最初から読みながら印象的な部分に短いコメントを加えています。

あちこちに出てくるコラムも、意外な歴史の断面を紹介してくれて楽しめます。

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はっきりいってボロクソです


元大蔵省の高橋洋一氏と元日経新聞の田村秀男氏(現在 産経新聞)が古巣の欺瞞を遠慮なく書いた本らしいです。本の名前が刺激的。
今朝の産経新聞2面広告。

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12/13/2018

不祥事起こせば志望者は減る


日大26%減、東京医大23%減。河合塾調査。今朝の産経新聞から。

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12/11/2018

「日本国紀」でざっと日本歴史を振り返り 4


第3章「平安時代」(前)
・征夷大将軍とは本来「蝦夷を征服する将軍」という意味。後に、武家政権の首長を示す称号となっていく。→「どうして源頼朝は鎌倉幕府の征夷代将軍なのか?」、「征夷」の意味を考えると不思議でしたが、そういうことでしたか。
・もはや学ぶべきものがなくなったと、250年以上続いた遣隋使・遣唐使をやめた。僧侶が経典の難読漢字の横に、省略文字でふりがなを打ったのが片仮名の始まり、漢字の草書体から編み出されたのが平仮名(女手)。千年後の現代でも読まれている女官たちの名作は、平仮名のおかげ。日本以外で、女性が書物を著すのは近代になってから。多くの国の女性は、文字さえ読めなかった。現代でも女性に教育が与えられていない国もある。日本では古代から女性が和歌を詠み、「万葉集」にも収録されている。→あらためて日本女性のレベルの高さに目を見張ります。
・朝鮮が平仮名にあたるハングルを持ったのは16世紀。だがハングルを普及させたのは、20世紀に大韓帝国を併合した日本である。→こういう事実を韓国は知らないのでは?
・紫式部も清少納言も本名はわからない。父の役職名に「源氏物語」に出てくる「紫の上」の紫、父の名前「清原」の「清」を付けただけ。→名前の由来を初めて知りました。
・武士の別名「侍」は、「貴人に従う」という意味の「さぶらふ」に由来する。初期の武士は現代のヤクザのような存在だったが、やがて「武士道」が生まれる。関東を中心に勢力を広げたのが平氏(桓武天皇の流れ)、摂津・河内を中心に勢力を広げたのが源氏(清和天皇の流れ)。→「侍」の語源を初めて知りました。
・明治維新以後、西洋の合理主義が入るまで、日本人は「祟り」「怨霊」を恐れた。菅原道真を追い落とした藤原氏の一族が次々急死したり狂い死に、讒言を信じた醍醐天皇まで死んだ。道真の怨霊を鎮めるために造られたのが北野天満宮である。→井沢元彦さんが昔から、歴史学者は「祟り」「怨霊」の重大さを理解してないと批判していますね。

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ディアモール大阪のクリスマスツリー


阪神梅田駅、大阪市営地下鉄各線梅田駅、JR大阪駅、JR北新地駅を相互に結ぶ、公共地下通路と一体化した地下街「ディアモール大阪」。クリスマスツリーが飾ってありました。

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阪急百貨店の動物園

阪急百貨店うめだ 9階の祝祭広場にアフリカゾウ、キリン、ナマケモノ、ライオン、シマウマなどの動物が・・・
みんな売り物です。こういう商品を買っていく人がいるのでしょうか? 食事代が不要とはいえ・・・
ちなみにゾウについていた値札は266万円でした。

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阪神いかやき健在


阪神百貨店の改装後、始めて中に入りました。有名ないかやきの店があるスナックパークは、阪神電車近くからとんでもなく遠い場所(南東)に移動。
昔の阪急なんとかビルの位置です。第4ビルのすぐ北側。しかも阪神百貨店地下1階から店外?の通路を歩いて行くことになります。店は相変わらず長蛇の列。冷凍いかやきも売っていました。

1階のパンワールドには、以前書いたことのある「帝塚山ぱん士郎」など話題の高級食パンが曜日・時間ごとに並ぶ豊富な品ぞろえ。クリスマスをひかえ、本場ドイツにならって小麦粉に対してバター30%以上(マーガリン不使用)、ドライフルーツ60%以上のシュトレンのフェストも開催されていました。

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きのうは「一粒万倍の日」


大阪駅前第4ビル前のドリームジャンボ宝くじ特設売り場に、「一粒万倍の日」の幟がはためいていました。この言葉、住吉大社以外でも使われているんですね。初めて気が付きました。

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阪急百貨店うめだ 稲荷神社

13階の屋上庭園にあります。


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チケット屋の年賀はがき事情その後


昨日、大阪駅前第2~4ビルの地下を歩いたら、無地の年賀はがき62円はどの店も完売状態。去年までとは様変わりです。
もっとも額面62円がわずか1円しか安くなっていませんでしたから、去年までのようにチケット屋で買うメリットはあまりなくなっていました。今年は出まわっている枚数が減り、仕入れ値も上がったそうです。

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日経新聞と財務省はアホだらけ


日本の代表的権威が丸裸に。

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昨日は東京からやって来たEさんと


12時にJR大阪駅の水の時計前で待ち合わせ。
今しか見られない大阪を、ということで、まずヒルトンの巨大ジオラマ「ヨーロッパの雪景色」、ついで阪急百貨店1階のショーウインドー(数々のクリスマスにちなんだ動く装飾)とイルミネーション、9階祝祭広場の巨大イルミネーション(13時からのショー開始まで、階段に座ってオープンストリートマッピングのことについて教えていただきました)。続いて13階のイタリアンレストラン(座席数が多く、庭園を眺めながら話し込むには最適)でカジュアルランチを。私は、孫がこども二科展で入選した絵の題材マルゲリータを選択。
食べ終わった後、隣の屋上庭園にある「日本初の民間ラジオ放送は、ここ阪急百貨店屋上から始まりました」というプレート(これは気付かない人がほとんど)と、同じく庭園にある稲荷神社にお詣りして地上に降り、大阪駅で別れました。

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大久保利通の幻の大阪遷都

https://www.sankei.com/west/news/181211/wst1812110037-n1.html

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韓国KTX脱線の背景に

https://www.sankei.com/world/news/181211/wor1812110032-n1.html

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12/10/2018

きょうのJR大阪駅1階 都市のオアシス

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12/09/2018

「日本国紀」でざっと日本歴史を振り返り 3


第2章「飛鳥時代~平城京」(後)
・遣唐使はすべて朝鮮半島を経由しない海路(主要なもの3ルート)を使った。今の韓国がよく「日本の文化は朝鮮が伝えた」と主張するのは間違いである。→朝鮮経由と思いがちですが、遣唐使のルートはずっと海路だったんですね。
・東アジアにおいて、唐の臣下でなかったのは日本だけ。日本は先進国唐の文化や制度を無条件に輸入したわけではない。日本に不要と判断されたもの、害あるものは受け入れなかった。宦官や科挙の制度、死体を凌辱する刑罰も取り入れず、中国の伝統「易姓革命」、「食人」(中国には古代から近代に至るまで食人文化があった)も取り入れなかった。一方、朝鮮半島は中国文化や制度をほとんど受け入れた。→わが祖先は賢明でした。教科書には「食人」などという言葉は、多分でてきませんね。
・天智天皇の死後、跡を継ぐことになった大友皇子(天智天皇の皇子)を叔父の大海人皇子(天智天皇の弟)が殺し(壬申の乱)、天武天皇となった。天武天皇は「古事記」と「日本書紀」の編纂を命じたが、数多くの歴史書を保管していた蘇我氏の書庫が「乙巳の変」(大化の改新)で焼失したため、抜群の記憶力を持っていた稗田阿礼が「古事記」を編纂した。「古事記」(自国民向け)は古い中国語を基本に日本独特の文法を混ぜた変体漢文で書かれ、「日本書紀」(中国向け)は純然たる漢文で書かれた。→「大化の改新」は現在、「乙巳の変」と呼ばれていますが、蘇我氏の書庫が焼けたため、稗田阿礼が・・・という話は学校では習わなかったような。
・「万葉集」には遊女や乞食の歌も入っている。1300年前にこれほどの文化を持っていたことは、日本が世界に誇るべき古典であり、文化遺産。さらに当時の方言やなまりも含まれ、言語学・方言学の観点からも一級の史料である。→当時の日本の文化レベルが極めて高かったことがわかります。
・天智天皇と天武天皇は、「日本書紀」では兄弟ということになっているが、謎が多い。→兄弟でなかったとすれば両者の確執のわけがわかります。
・聖武天皇はなぜ庶民の生活を苦しくする大仏造立を行ったのか? 飢饉や天然痘の流行は、自身の政に問題があるからだと自らを責めた天皇は、大仏が人々を救うと信じ造立した。→現代の思考方法では、当時の人々の考え方は理解できませんね。
・8世紀初め、飢饉や疫病が続発、多くの人が死んだ。文武天皇が疫病で崩御した時、平城京に遷都した。当時の人々は飢饉や疫病も人知を超えた存在のせいだと考えたからである。→西欧の合理主義が入ってくるまでの歴史を理解するには、人知を超えた存在の影響を無視できません。
・784年、桓武天応は平城京から長岡京に遷都した。寺院や僧侶の力を弱めるため、および交通の便が良い場所を選んだのである。長岡京は桂川・宇治川・淀川を使って始めて下水問題まで、解決していた。→今年、京都府八幡市の背割堤桜を観に行きましたが、3つの川が合流していました。あの川をうまく利用して下水処理までしていたとは驚きです。
・日本の都市は飛鳥時代以前に城壁をなくした。ヨーロッパや中国の都市はすべて堅固な城壁を周囲に巡らし、街全体を守っていた。→昔、初めてドイツに行ったとき、城壁のなかに町があったのでびっくりしました。

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きょうは住吉大社の歴史と文化講座「薩摩島津とすみよしさん」

会場は住之江区住之江会館、講師は住吉大社権禰宜・小出英詞氏。
なんと部屋に入ると、12月15日のクリスマスコンサート(相愛大学音楽学部)に備えて、舞台はすっかりクリスマス調。
神主さんがクリスマスの装飾の前で、講演するという不思議な展開になりました。もっとも「神道は八百万の神、他の宗教と争いもしませんから」ということで、笑いとともにスムーズに進行しました。

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みかん

小1の孫娘が食卓にあったみかんの入った容器を見るなり、さらさらっと画いた絵。


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大さかおじいちゃん

小1の孫娘が書いた似顔絵?


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12/06/2018

「日本国紀」でざっと日本歴史を振り返り 2


第2章「飛鳥時代~平城京」(前)
・神道には教義や経典がなく、開祖も教祖もいない。自然信仰が基となり、祖先を敬い、浄明正直に生きることを徳目とする道徳観が加味されている。他の宗教を排斥したり、敵視もしないから仏教をも受け入れることができた。→先ごろ秋篠宮さまが、大嘗祭の費用について発言されましたが、百田さんの見解は、「神道は宗教とは違う」ということでしょう。
・推古天皇は、日本初の女性天皇というだけでなく、東アジアにおいても初の女帝だった。→そうなんですね。
・近年、聖徳太子が生前呼ばれていた厩戸皇子と表記される流れになっているが、それを正しいとするなら、歴代天皇もすべてそうしなければならない。→すべて死後のおくり名に統一すると大きな混乱を生みます。
・聖徳太子の17条憲法には天皇の権威や力を誇示する言葉がない。「仲良くすることが何よりも大切、争いごとはよくない。何事も話し合いで決めよう」という驚嘆すべき先進的な内容で民主主義を説いている。→世界の国のほとんどが専制独裁国家で、虐殺を繰り返していた時代に、なんという画期的な条文。
・元号のスタートは文武天皇の大宝(701年)。初めて元号が用いられたのは大化(645)だが、継続的には使われなかった。
・現代の韓国の歴史学界では、百済が日本の支配下にあった可能性について論じることはタブー。百済に日本発祥の前方後円墳が発見されると、発掘調査もせずに破壊されるといわれる。韓国では学問的真実より国のメンツが優先される。→慰安婦、徴用工(じつは募集工)、竹島などもみんな根は同じ。真実よりも自分たちのメリット、メンツ。
・白村江の戦いで唐軍に捕らえられた大伴博麻は、自らを奴隷として売り、その金で捕虜となっていた遣唐使4人を帰国させ、朝廷に唐の日本侵略計画を伝えた。27年ぶりにようやく帰国した博麻を持統天皇は国を思う心と行動に感謝して、勅語を贈った。天皇が一個人に与えた史上唯一の勅語である。この勅語の中で日本文献上初の「愛国」という言葉が現れた。→これは知りませんでした。

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丸亀・ふじむらの骨付鶏

丸亀のソウルフード「骨付鶏」、おいしそう!

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ちょっとおもしろそうな本! 頭がよくなる、集中力がつく、心が強くなる、情緒が安定する・・・


息の仕方を変えるだけで?

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12/05/2018

「日本国紀」でざっと日本歴史を振り返り 1


毎日、最終章から遡って1章づつ読んできました。読み終わったので、今度は第1章から順番に個人的に面白いと思った部分を抜粋して紹介します。

第1章「古代~大和政権誕生」
・世界4大発明は、日本だけのことば。清が西洋に比べ遅れていることに自信を失った清の政治家が、日本亡命中に日本人から「黄河文明はすばらしい」と教えられ、自作の詩で使ったのが始まり。
・古代中国の歴史書は、日本を「倭」と書いている。決していい意味ではないことが分かり、7世紀中ごろ、天智天皇の即位から同じ「わ」という音を持つ「和国」が使われ始めた。
・日本が任那を支配していたことが気に入らない韓国の学会は、日本の学会にこれを認めないよう要求、現在の日本の教科書の多くは韓国に配慮し、日本の任那支配の記述がない。
・かつての歴史教科書では、4~6世紀を「大和(朝廷)時代」と呼んだが、考古学研究の進展により、この時代には必ずしも大和朝廷が日本を統一していなかったとわかり、現在では「古墳時代」と呼ばれる。
・宮内庁により、大仙陵古墳は仁徳天皇陵、誉田御廟山古墳は応神天皇陵とされているが、多くの考古学者たちは否定的な見解を述べている。
・6世紀後半に朝鮮半島から騎馬民族が渡ってきて新たな王朝を建てたのではないかという学説が、戦後盛んに唱えられた。戦前の皇国史観への反動と朝鮮人への贖罪意識というイデオロギー、情緒に囚われたもので、今日では完全に否定されている。
・日本では男系でない天皇は即位していない。過去8人(10代)の女性天皇がいたが、全員が男系(父親が天皇)である。女系天皇と女性天皇は同じではない。第125代の今上陛下から男親をたどっていけば、祖先に神武天皇がいる、という万世一系を保っている。(ただし百田氏は、継体天皇の不自然な日本書紀の記述とその理由を別途考察している)。

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あべちかが変わっていた


チケット屋が大きくなり、花時計ができていました。
花時計の前身は、空中に浮かぶ蛇口から水が落下する仕掛けでした。最初はその謎を解こうと頭をひねりました。

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今年のチケット屋 年賀状相場は様変わり

最近、チケット屋を覗くことはめったにありませんが、きのう中村屋のコロッケを買った後、大阪駅前第四~第一ビルを歩いてチケット屋を20店くらい眺めたところ、「無地62円の官製年賀状」が全店61円とわずか1円しか安くなっていませんでした。しかも大半が10枚セット売り。ご丁寧に「ばら売りは定価です」と張り紙をしている店も。

ちなみに2年前、1年前のブログで当時の売値をチェックすると、今年とは大違い。利幅の大きい高価な絵柄入り年賀状にシフトしているようです。チケット屋の商売も変革期を迎えている?

2016年12月6日のチケット屋
阿倍野・天王寺→郵便局で52円の無地インクジェット用年賀はがき 10枚で480円(2店)。
東梅田・駅前第3、第4ビル(5店)→同 1枚でも46円、10枚で460円、10枚で500円。

2017年12月のチケット屋
大阪第4、3ビルのチケットショップ→52円の無地インクジェット47~48円。(普通の葉書は62円に値上げされたが、年賀状は52円だった)。

それからJRが2018年9月で昼得切符の発売をやめるという記事を去年見た覚えがありますが、その影響でしょうか。近距離格安切符の取り扱いをやめた店が多いですね。
もっとも12/16までは使えると、最後の?売り込みをしている店もありましたが・・・

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中村屋のコロッケ


大阪の芸能人にも広く愛されている天満天神繁昌亭近くの「中村屋のコロッケ」、1月の「新進落語家競演会」の前売り券を買いに行ったついで(というより、チケットぴあでも買えるものをわざわざ出かけたのは、前日民放テレビで、長々と中村屋を取り上げていたから)に寄りました。
1日5,000個が夕方には売り切れ、店じまいしてしまう繁盛店。コロッケ4個(1個70円)とトンカツ1枚(180円)を買い、アツアツのコロッケ1個を、その場で食べました。大半の人が持ち帰り用と立ち食い用のコロッケを買っています。
表面がカラッとしていて、甘みのある不思議なコロッケ。テレビでも皆さんが「冷えてもおいしい」と絶賛していました。楽屋への差入用として、数百個注文していく人もいるそうです。

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12/04/2018

井上章一先生のブックカバーなど


きのうアップした「日文研一般公開」の動画の中に、お土産にもらった井上先生デザインのブックカバーを入れ忘れていましたので下に追加。
ついでに11月に発行されたばかりの「ミッションスクールになぜ美人が多いのか」(朝日新書)はまだ、大阪市立図書館には入っていませんでした。かわりに「京都ぎらい(官能編)」を予約しました。

もうひとつ、ついでに。日文研のあちこちに置いてあったチラシです。「ジャズピアノの夕 「四十の手習い」でどこまでとどくのか 井上章一 2019年1月17日(木)開場17:00、開演17:30 於 さつきホール(日文研)、前売 1,200円、当日 1,500円」
ご丁寧に、自作?の自画像まで入っています。

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動画 大阪城秋まつり2018


豊臣秀吉時代の石垣が見えます。通常は非公開です。
現在、天守閣手前向かって右側一帯の豊臣石垣公開プロジェクトが「太閤なにわの夢募金」を募っています。

https://youtu.be/4P1XTp7OsxU

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12/03/2018

動画 日文研一般公開2018


11/23に開催された国際日本文化研究センターの様子を3分間に編集しました。もちろん「南極ビーフシチュー」も入っています。

https://youtu.be/s5x8UMMNCZY

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12/02/2018

23年ぶり、冷蔵庫買い替え


阪神大震災で被災し、芦屋から堺に引っ越した時購入した冷蔵庫、5年前にピーピー音が止まらなくなって買い換えようかと考えたのですが、部品交換で修理できたのでそのまま使い続けてきました。まだ動いてはいますが、いくらなんでも23年は寿命だろうと、ついに買い換えることに。
5年前検討した時、買い換えたら年間電気代が約2万円(
401~450リットル)安くなるとわかりましたので、5年間の余分な電気代だけで新品が買えるほどの額に・・・。

そこで今回改めて、夫婦二人用の350~400リットルのデータで試算仕直すと
1995年 → 2018年(日立 R-K38JV)
年間消費電力量 860~980kWh → 350(510~630↓)
年間電気代 23220~26460円→9450(13770~17010↓) 
年間CO2排出量 440~501kg→179 (261~322↓)
年間CO2吸収量 杉31.4~35.8本→12.8(18.6~23↑)

http://terusakura.air-nifty.com/tetsus_top/2013/03/post-f2ae.html


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きのうの朝刊は8K・4K特集


産経新聞は通常紙面を包み込むように、8K・4K特別紙面でラッピング。すなわち1枚めくった左面から普通の紙面が始まる特別紙面構成でした。

いよいよ8K・4K放送が始まりましたね。最初に8K放送を大画面で見たのは、2013年11月にNHK大阪放送局で開催された「BKワンダーランド」。そのときの驚きのレポートはこちら。

http://terusakura.air-nifty.com/tetsus_top/2013/11/post-3e2d.html

あれから5年、やっと実用化されました。もっとも我が家で8Kテレビが見られる日がやってくるかどうかは? ですが。
あの画面を見ると、実際よりも鮮やかで、臨場感も現実をはるかに超えていると感じるのは私だけでしょうか? 

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