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12/11/2018

「日本国紀」でざっと日本歴史を振り返り 4


第3章「平安時代」(前)
・征夷大将軍とは本来「蝦夷を征服する将軍」という意味。後に、武家政権の首長を示す称号となっていく。→「どうして源頼朝は鎌倉幕府の征夷代将軍なのか?」、「征夷」の意味を考えると不思議でしたが、そういうことでしたか。
・もはや学ぶべきものがなくなったと、250年以上続いた遣隋使・遣唐使をやめた。僧侶が経典の難読漢字の横に、省略文字でふりがなを打ったのが片仮名の始まり、漢字の草書体から編み出されたのが平仮名(女手)。千年後の現代でも読まれている女官たちの名作は、平仮名のおかげ。日本以外で、女性が書物を著すのは近代になってから。多くの国の女性は、文字さえ読めなかった。現代でも女性に教育が与えられていない国もある。日本では古代から女性が和歌を詠み、「万葉集」にも収録されている。→あらためて日本女性のレベルの高さに目を見張ります。
・朝鮮が平仮名にあたるハングルを持ったのは16世紀。だがハングルを普及させたのは、20世紀に大韓帝国を併合した日本である。→こういう事実を韓国は知らないのでは?
・紫式部も清少納言も本名はわからない。父の役職名に「源氏物語」に出てくる「紫の上」の紫、父の名前「清原」の「清」を付けただけ。→名前の由来を初めて知りました。
・武士の別名「侍」は、「貴人に従う」という意味の「さぶらふ」に由来する。初期の武士は現代のヤクザのような存在だったが、やがて「武士道」が生まれる。関東を中心に勢力を広げたのが平氏(桓武天皇の流れ)、摂津・河内を中心に勢力を広げたのが源氏(清和天皇の流れ)。→「侍」の語源を初めて知りました。
・明治維新以後、西洋の合理主義が入るまで、日本人は「祟り」「怨霊」を恐れた。菅原道真を追い落とした藤原氏の一族が次々急死したり狂い死に、讒言を信じた醍醐天皇まで死んだ。道真の怨霊を鎮めるために造られたのが北野天満宮である。→井沢元彦さんが昔から、歴史学者は「祟り」「怨霊」の重大さを理解してないと批判していますね。

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