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01/14/2019

「日本国紀」で日本歴史をざっと振り返り 11


第6章「江戸時代」(1)

・江戸時代は日本の近代だった。唯物史観の歴史家は、前近代的な文化の遅れた時代と捉えるが、戦乱が終わり、社会制度が急速に整い、国家秩序が安定した。世界に先駆けて貨幣経済が発達し、庶民による文化が花開いた。260年間大きな戦争はなく、日本の歴史上、最も平和で治安がよかった。ヨーロッパ諸国と比べ、民度も知的レベルも高く、街は清潔で、疾病の発生もほとんどなかった。ただ、鎖国によりテクノロジーの分野で後れを取った。→私たちが習った戦後の歴史教育では、江戸時代=暗黒の時代でした。

・徳川家康は「武家諸法度」を制定、200前後の大名(1万石以上の領地を持つ。当時、1人の人間が1年間で食べる米=1石)を管理下においた。→50万石の藩は、50万人を養える国力があったということですね。そう考えると、江戸時代がぐっと理解しやすくなるような・・・。

・現代では大名が治めた地を「藩」と呼ぶが、この呼称は明治以降の言葉。武士は「〇〇家臣」「〇〇家中」と名乗った。地方の土地は「国」(国=日本全体でなく)。

・徳川家の血筋を引く「親藩」、関ケ原の戦い以前から徳川家に忠誠を誓っていた「譜代」は、石高は少ないが要地を与えられ、関ケ原以後に服従した「外様」は石高は多くても僻地に追いやられた。毛利藩はその典型。外様は、財政的に苦しめられた。260年後、江戸幕府を倒す主力は外様の藩士だった。→恨みは相当なものだったでしょう。

・家康は、「禁中並公家諸法度」を定め、朝廷も初めて管理下においた。

・室町時代以降、征夷大将軍は源氏の血を引く武士という不文律があった。家康は系譜を書き換え、正式名「源家康」となった。後の徳川将軍、松平一族もすべて公式文書は「源〇〇」。→細川、島津も「源」だそうです。

・三代将軍・家光は参勤交代と江戸屋敷に妻子を置くことを命じ、大名の力を削いだ。

・老中はいまの首相、親藩や譜代大名から選ばれた。

・家光が始めた「鎖国」は、島原の乱がきっかけ。キリスト教の弾圧を強め、オランダと中国(明のち清)以外の入港を禁じた。他に交易を許されたのは朝鮮と琉球。窓口は長崎、対馬、薩摩、松浦の四つのみ。ただし、「鎖国」という言葉ができたのは幕末以降、定着したのは明治以降。

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