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04/13/2019

帝塚山派文学学会文学講座「住吉と和歌」

きょうは住吉大社権禰宜・小出英詞さんのお話で「住吉と和歌」。
住吉大社は和歌の神様として崇められていますが、その由来を「古今和歌集」から「万葉集」、「摂津国風土記」、「住吉大社神代記」、「伊勢物語」、「拾遺和歌集」、「俊頼髄脳」、「新古今和歌集」、「玉葉和歌集」、「竹取物語」、「伊勢物語」、「土左日記」、「源氏物語」、「和泉式部日記」、「更科日記」、さらに多くの歌人の歌集など多数の文献に描かれた「住吉と和歌」の関係からうかがいました。

 

なお、同学会の定時総会(6/30)で記念講演が行われるそうです。講師は以前、知研関西セミナーで講演していただいた産経新聞の石野伸子編集委員。演題は「ジャーナリストから見た<帝塚山派>の作家たちーー「浪花女を読み直す」を取材する中での帝塚山派作家の位置とはーー」。 石野氏は、私が最初に座談会でお会いした20年近く前は文化部のデスクでしたが、その後文化部長、夕刊編集長等を歴任。夕刊1面の読者投稿欄「夕焼けエッセー」(今月から全国の朝刊1面に「朝晴れエッセー」と改題して連載スタート)の生みの親で、朝ドラ「あさが来た」ブームの火付け役にもなりました。石野氏は、文化部長、夕刊編集長等を歴任。夕刊1面の読者投稿欄「夕焼けエッセー」(今月から全国の朝刊1面に「朝晴れエッセー」と改題して連載スタート)の生みの親で、朝ドラ「あさが来た」ブームの火付け役にもなりました。

 

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