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08/16/2019

大坂西町奉行所跡

現在読んでいる古文書に、天保6年大坂西町奉行あての訴状がでてきます。
8/6に出かけた文房具と紙製品の見本市(文紙メッセ)の会場、「マイドームおおさか」は西町奉行所址にあります。大阪商工会議所の隣です。
ここは大阪府立貿易館、大阪府立貿易専門学校誕生の地でもあったようです。明治天皇も行幸の際、立ち寄られており、これら石碑がずらり並んでいます。OSMにぜんぶ記載されているかな、チェックしておかなければ・・・

ところで西町奉行は、落語「佐々木裁き」に出てきます。もっとも登場人物の佐々木信濃守は、本来東町奉行だったそうですが、なぜか落語では西町奉行・・・などという話は、日本近世史の高島幸次先生の「上方落語史観」(発売元 株式会社140B、2018.1.11)に詳しく載っています。

そこで、同書から私の「古文書講義録」(予習版)に次の文章を書き留めました。

<大坂の東西町奉行所は、大坂を東西で地域割り支配していたのでなく、月番で市中全体を支配していた。もともと両奉行所は大阪城北西の京橋口の門外(大阪市中央区)に隣同士に立地しており、その相対的な位置関係で東西を冠していた。享保9年(1724)の大火で両奉行所が消失し、東町奉行所は元の京橋口に再建され、西町奉行所は内本町橋詰町(大阪市中央区)に再建された>。
      
佐々木信濃守は、大坂の後、江戸の北町奉行・南町奉行を歴任し、この噺を江戸に移した「佐々木政談」では、主人公の四郎吉が遊ぶ場所を大坂・住友の浜から江戸・新橋の竹川町に、佐々木信濃守を南町奉行に変えているそうです。

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