11/19/2018

動画 大和川付替え 柏原編


旧大和川の流れを北から西に改流した地点(柏原)の現在を動画にまとめました。

https://youtu.be/IvWaUCJcoso

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11/18/2018

77歳、住吉大社で50歳下の女性に恋した一休さん


NHK ETVの「オトナの一休さん」、11月20日(火)午後0:45~0:50 放送分は、「すみよし案内人の会」のガイドにも欠かせない「住吉大社での77歳の恋」。相手は50歳下の盲目の女性、森女(しんにょ)です。森女、いよいよ登場!

一休と森女はたちまち恋に落ちます。困惑する新右衛門たち周囲ですが、深く愛し合う二人はまったく耳をかしません。愛さえあれば立場なんて、年の差なんて、関係ない?
再放送は23日午後10時50分から55分まで。

その次の回11月27日(火)(再放送 30日)は、「一休、エロ漢詩を詠む」。数カ月前、産経新聞に漢詩の内容が詳しく書いてありましたが、かなりきわどい表現でした。NHK教育テレビがどのように取り上げるのでしょうか?

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灯台150周年・海上保安制度70周年記念講演会


東京では皇太子ご夫妻も出席されて式典が行われたそうです。大阪は海遊館ホールがほぼ満席。
大阪海上保安監部の次長さんによる「明治の大阪三灯台」、灯台オタクの女性・不動まゆうさんによる「灯台に恋したらどうだい?」と題する講演がありました。
不動さんは東京の大学の楽器博物館の学芸員、給料をつぎ込んで世界中の灯台巡りや灯台専門フリーペーパーを作っているユニークな方。

講演前や休憩時間には、あの懐かしい映画「喜びも悲しも幾歳月」の歌が流れていました。ちなみに歌っていた若山彰さんは私の中学校の先輩です。

立派なトートバッグや灯台のペーパークラフト、海図から作ったしおり、記念クリアファイル、不動さんのフリーペーパー「灯台どうだい?」などが無料配布されました。

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11/17/2018

昭和は62年と14日しかなかった


来年5月に元号が変わりますが、「日本国紀」を終章→13章→12章→11章・・・と後ろから読んでいる最中ですが、10章P350の記事を見ると、「昭和は64年を数えることになるが、」の後に、「(実際には六十二年と十四日)」と書いてあります。
ああそうか、昭和元年も昭和64年も7日ずつしかなかったからそうなるんだ・・・
ついでにwikipediaにはこんなことも書いてあります。

<(昭和は)外国の元号を含めても最も長く続いた元号であり、歴史上60年以上続いた元号は日本の昭和(64年)、清の康熙(61年)および乾隆(60年)しかない。>

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11/13/2018

ゾウ20頭が国道を30キロ行進した!

万博開催地決定まであと10日、情勢は楽観できないそうですが・・・。
ところで今朝の産経新聞に、1970年大阪万博の面白いエピソードが。

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11/12/2018

植村記者の評価は変わらない(櫻井よしこさん)

https://www.sankei.com/politics/news/160422/plt1604220060-n1.html

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11/02/2018

動画 大和川付替え史跡めぐり 八尾・東大阪・浅香山


旧大和川のあった八尾浜-久宝寺船着き場跡(付替え前は川幅200m、現在は5mくらい)、東大阪(今米公園の中甚兵衛翁碑、中甚兵衛生家跡、旧大和川が流れ込んでいた深野池&新開池跡のプレート、松一の「河内甚兵衛(饅頭)」)、難工事だった浅香山地区の大和川の流れ、姫路藩主の急死や前日掘ったところが翌日は元に復すといった不可思議な現象を乗り切るため、計画を変更して狐塚を避けたと伝わる浅香山稲荷神社を収録しています。

https://youtu.be/6n3nv95ek_o

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10/28/2018

3分間で早わかり!「太陽の塔」展


現在、開催中のあべのハルカス美術館(日本一高いビル あべのハルカス16階)の「太陽の塔」展の展示品です。会場内は撮影自由(フラッシュはダメ)。

なんといっても圧巻は、初代「黄金の顔」の実物展示です。直径10.6mの巨大な顔を上からすぐそばでじっくりながめることができます。

https://youtu.be/SUdW-TESigY

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10/16/2018

江戸時代の分銅 写真編


番組のタイトル 「高島礼子が家宝捜索! 蔵の中には何がある?」
分銅、分銅の表面に「参拾両」の文字と製造者後藤家の家紋、秤

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江戸時代の分銅


海老名さんの御本家(宮城県登米=とめ=市 登米=とよま=)の蔵がBS TBSの番組に登場しました。私が興味を持ったのは、江戸時代の分銅。
先月、道修町の塩野義薬品本社に行ったところ、1階ギャラリーに同社のマークにもなっているひょうたん型分銅が陳列してありました。薬の調合に重要な役割を担ってきた分銅です。
斜め前の田辺三菱製薬本社・史料館に陳列されているのは、円柱の上に凸のボッチがついている現代の分銅。
塩野義の分銅は変わっているなあと思っていたのですが、海老名家の蔵にあったのは、まさに塩野義型。しかも13個もあって、「これだけの数そろっているのは珍しい」。「金貨や銀貨の重量を計測していたのだろう。江戸時代には両替商もしていたと考えられます」と鑑定士さん。
分銅の製造は、後藤家のみ許されていたそうです。13個の鑑定価格は10万円。

ちなみに住吉大社には「旧分銅形大唐銅燈台石」という台石があります。軍事供出によって上部の分銅部分が消失していますが、その形はひょうたん型だったのか、円柱+ボッチ型だったのか・・・

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