05/05/2019

歴代元号・天皇一覧表(時刻表スタイル)

有田さんお勧めの「歴代元号表」です。この1枚で全元号と元年の西暦がわかる魔法のような表です。古文書の勉強にも、歴史案内のガイドにも役立ちそう。同じ方が、「歴代天皇一覧」も作成されています。女帝や重祚もわかるよくできた一覧表です。

ただ、一部誤植があるようで、そのうち「ナポリタン(端山の人)さん」のツイッターで修正後の表が公開されるそうです。(元号→1239は延応、1240は仁治。天皇→御醍醐は後醍醐 の間違い)

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190503-00000050-dal-life

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04/29/2019

住吉大社に「遣唐使進発の地」碑

4/28、西大鳥居そばに「遣唐使進発の地」碑が除幕されました。
4艘の遣唐使船が、住吉(すみのえ)の津(=港)から出航する様子を描いたカラーの絵がはめこまれており、大変美しい石碑です。
船には住吉神が祀られ、安全を祈願する「主神」という人が必ず乗船していました。
なお、4枚目の地図はOpenStreetMapで、住吉大社境内の石碑(100基くらい)・燈籠(10基くらい)を私が登録しました。国内外からインターネットを通じて、設置場所や名称を確認できます。


 


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04/28/2019

大阪歴史博物館の「住友銅吹所」展示

先日、住吉大社の住友燈籠のガイドをする前に、長堀の住友銅吹所跡に行きました。今回のガイドは終わりましたが、詳しいことを知るため、きのう大阪歴史博物館の展示を観に行きました。
住友グループが寄贈した20分の1模型は非常に精巧にできています。しかも定期的に自動回転し、さまざまな方向から外観および内部を見ることができます。

銅山から運ばれた荒銅から間吹を経て精銅とし、これを溶かして型に流し込み棹銅を造る(小吹)までの工程などをわかりやすく、表・作業の様子を描いた絵などで解説した映像もあります。裏に回ると、銅吹所跡から出土したるつぼ、棹銅などが並んでいます。

鎖国の江戸時代、長崎からオランダ、インド、中国、朝鮮などに輸出していた最大の商品が、大坂の住友銅吹所で製造された「品位99%の棹銅」だったんですねえ。それが住友財閥を大きくしたことがよくわかる展示です。

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お座敷芸「投扇興(とうせんきょう)

大阪歴史博物館の9階(だったかな。住吉大社や住友銅吹所の展示の前)でお座敷芸「投扇興」の体験ができます。扇を拡げて紙飛行機のように投げ、前方の目標物に当てて、得点を競う遊び。
私は、5回トライして1回も目標物に当たりませんでしたが、上手な人は結構当てているようで、時々歓声が上がっていました。

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04/19/2019

動画 住吉大社の燈籠・石碑巡り

住吉大社には燈籠が約630、石碑が約100あります。
そのうち18カ所を回る、2日前(4/17)に実施したコースの映像記録です。
高さ11.8mもあるのっぽ燈籠や台座の1辺が10mの巨大燈籠、住友家の代々の当主が航海安全(別子銅山から大坂など)と家業繁栄を祈願して奉納した燈籠、鷺の絵が43も彫ってある燈籠、芭蕉が亡くなる1カ月前に住吉大社にお詣りして詠んだ句を刻んだ句碑燈籠、鎌倉時代創建の日本最古の灯台と伝わる燈籠の復元、住吉大社が舞台の源氏物語レリーフなど、初詣しかお詣りしたことのない方には、驚きの世界が次々広がります。

https://youtu.be/fqV7rStXwPQ

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04/14/2019

<堂島米市場跡に 巨大な「一粒の米」>

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2018年10月24日、江戸時代中期に開設された世界初の先物市場「堂島米市場」をアピールする新しい記念碑が大阪市北区の跡地に完成しました。国内の株価指数先物市場が創設30周年を迎えたことを記念して、日本取引所グループ(JPX)傘下でデリバティブ(金融派生商品)市場を運営する大阪取引所が企画したものです。

新記念碑は大きな御影石を米粒の形に切り出して加工。重さは約9・5トン、最大で長さは約3メートル、直径は約1・5メートル。建築家の安藤忠雄氏がデザインに協力し、「一粒の光」と名付けられました。

2015年下期の朝ドラ「あさが来た」の関連史跡探訪の時、現地を訪れ、動画も作りました。当時からあった「稲に遊ぶ子供」像の位置が移動し、「一粒の光」像とセットになっていました。

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04/10/2019

動画 大阪・住吉はかつて8年間南朝の都だった! 後村上天皇を偲ぶ正印殿祭2019

地元民でも南朝の都が、8年間ほど住吉にあったことを知らない人が多いんですよね。後村上天皇はこの地で崩御され、長慶天皇が即位されました。
後村上天皇がお亡くなりになった4/6(新暦換算)、毎年正印殿趾(もと住吉大社神主邸)「正印殿祭」が行われます。

https://youtu.be/XyvZWdCiccw

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04/06/2019

きょうは後村上天皇の崩御をしのぶお祭り「正印殿祭」

南北朝時代の南朝の都は8年間ほど、住吉大社神主の館(大阪市住吉区)にありました。現在、住吉行宮(あんぐう)正印殿(しょういんでん)阯となっています。

 

きょうはここで亡くなられた後村上天皇の命日(新暦換算)にあたります。恒例の「正印殿祭」が行われました。

「吉野朝時代、後村上天皇は正平7年(1352)、大和賀名生の行宮より着御、津守国夏(住吉大社神主)の館を御座所と定められ、閏2月15日まで御駐輦あらせられた。また、正平15年(1360)には観心寺行宮より再び行幸があり、そのまま正平23年(1368)、崩御あそばされるまで行宮とされました。吉野朝後村上天皇はここを行在所として定め、およそ8年間、この住吉より天下に号令を発せられました。」

 

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02/28/2019

「日本国紀」で日本歴史をざっと振り返り 第15回


第6章「江戸時代」(5)

・天保3年(1842)、清がアヘン戦争でイギリスに負けたため、幕府はヨーロッパに怯え、異国船内払令を廃止し、遭難船に限り薪・水を認めた。

・シーボルトはヨーロッパの最新医学を多くの日本人に伝えた。ただ弟子の中に、幕府の西洋敵視の姿勢を批判する者が現れ、蘭学者は弾圧された。シーボルト追放の原因となった日本地図持ち出し事件の地図は、伊能忠敬が55歳から71歳まで日本全国を歩いて作った。その超人的な大仕事に畏敬の念を抱かずにいられない。→伊能忠敬の業績はたしかにすごい。しかも55歳から!

・天保の飢饉、大塩平八郎の乱など全国各地で暴動が頻発した。

・嘉永6年(1852)、オランダ商館長から、1年後にアメリカ艦隊が開国要求のために来日するとの情報が伝えらえた。幕府の対応方針が決まらないまま、翌年ペリーが浦賀に来た。幕府はあわてふためくばかり。開闢以来の混迷の時代を迎えた。→つくづくリスク管理のできない国民です、日本は。現代も同じ。

・幕府は50年以上、外国からの開国要求に何もしてこなかった。「起こって欲しくないこと」は、口にしたり議論してはならないという「言霊主義」による。→いまでも憲法に「緊急事態条項」がありませんし、それを議論することさえできません。国際間の取り決めを守らない、嘘八百のでたらめ国家がすぐそばにあるのに、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」という、お花畑のような憲法を一度も変えずに守っています。「起こって欲しくないこと」は「起こらない」のではない。「万一起きたらどう対処すべきか」を議論すべきなのに。


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02/27/2019

「泉布観」一般公開、抽選で落ちた

重要文化財「泉布観」(造幣局)の一般公開に申し込んでいたのですが、落選でした。

3月22日(金)、3月23日(土)、3月24日(日)の3日間で各日4OO名。1通で2名参加できます。

土日は応募が殺到すると思って金曜日に応募したのですが、
申込状況は、
3月22日 296通
3月23日 271通
3月24日 218通
だったそうです。

意外や意外、日曜日が一番競争率が低かったんですねえ。来年応募するときのために記録しておこう。


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