02/20/2018

きょうは大阪府立中央図書館で「わろてんか」展 (その1)

昼から東大阪の府立中央図書館へ。1回展示コーナーの<「わろてんか」の時代の上方演芸>展を観るためです。

大阪府立上方演芸資料館(ワッハ上方)収蔵資料と、NHKから借りてきた朝ドラ「わろてんか」の小道具が並んでいました。

ミスワカナ・玉松一郎は、ミスリリコ (広瀬アリス)アンド シローのモチーフとなったコンビです。ミスワカナは昭和21年、36歳の若さで亡くなったんですね。私が生まれた前の年です。エンタツ・アチャコは男性コンビの「しゃべくり漫才」、ミスワカナ・一郎は男女コンビのしゃべくりと楽器の「歌謡漫才」で一世を風靡しました。

ミスワカナは、「おもろい女」として、昭和53年と平成27年に舞台で上演されています。その時のパンフレットがありました。主演は、生前のワカナと交流のあった森光子(昭和53年)と藤山直美(平成27年)。
ミスワカナ・玉松一郎の漫才「ワカナの砂糖情話」のSPレコードやテイチクレコードのジャケットもありました。

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02/07/2018

北朝鮮による拉致の手口


最初に拉致疑惑をスクープした産経新聞元社会部記者・阿部雅美氏による連載「40年目の検証 私の拉致取材」、きょうの誌面は第27回です。
被害者になりすます背乗り(はいのり)という方法が紹介されています。
1.役所の戸籍担当職員を買収し、死亡の戸籍処理がされていない死亡者戸籍を入手し、その身分を盗用する。
2.日雇い労働者、失業者に接近し、買収して戸籍を入手、その対象者を北朝鮮に拉致(日本にいてもらっては困るので)した後、身分を盗用して対象者に成りすます。

対象者は、日本人で独身、身寄りのない者、日本の警察に指紋や写真を登録されていない者(逮捕歴がない)だったそうです。Dsc_0016


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02/05/2018

台湾各地で日本建造物保存

http://www.sankei.com/world/news/180205/wor1802050016-n1.html

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02/04/2018

「わろてんか」でテンが売っていた平野水とは?


企業家ミュージアムの「吉本せい」特別展(すでに終了)に、吉本せいの創意工夫として、朝ドラにも出てきた「座布団の敷き方を工夫して2人でも3人でも多く座れるようにした」り、夏には小屋の前で「冷やし飴を氷の上に並べ、ゴロゴロ転がせて冷やし、1本2銭で売った」り、館内では「おかきやせんべい、焼きいかなど喉の乾きそうな食物を販売」したこと、相乗効果で飲料(ラムネ、平野水)もよく売れたことが紹介されていました。

ところでラムネはわかりますが、「平野水」っていったいなに? ということでスタッフ(アルバイト?)の叔父さんに聞くと「さあ・・・」(博物館で働いているのに、展示物の説明もできないなんて)

帰宅後、ネットで調べて分かりました。

<明治14年、兵庫県川西の炭酸を含んだ水が名鉱泉として紹介され、飲料用としてビン詰めの「平野水」という商品名で発売されました。これが日本で初めてのサイダーであるとされ、大正の中頃に、平野駅北部一帯には、東洋一の規模といわれた清涼飲料水工場があり、後に加工されて「三ツ矢サイダー」になりました。現在は、工場跡地に散在する、炭酸ガス捕集塔、三ツ矢サイダーの碑等の整備をし、旧御料品製造所をできる限り往時の雰囲気を残しつつ改修を行い、平成13年3月より三ツ矢記念館として開館していました。ただし、 三ツ矢記念館は、隣接する店舗の閉店により、平成16年12月21日より見学できなくなっています。>

三ツ矢サイダーの起源だったんですね。

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02/01/2018

天安門事件で殺されたのは1万人


http://www.sankei.com/west/news/180201/wst1802010004-n1.html

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12/13/2017

美魔女・淀殿を淀君と言っちゃダメ


先日の「すみよし歴史案内人の会」のグループ学習発表会で、資料に「淀君」と書いた人にベテランからひとこと「こういう資料に、遊郭の女のような淀君という記述は不適切。淀殿に訂正するように」。

12/11付産経新聞「井上章一の大阪まみれ」が同じことを指摘していました。
淀殿が大阪城で死なず、群馬へ脱出したという伝説を取り上げた後、
<さて、淀殿のことを後世の読み物は、しばしば淀君としるしてきた。しかし、この〇〇君という名は、遊里の大夫につけられたそれをしのばせる。豊臣をほろぼした徳川の時代に、彼女を悪女として印象づける作為がはたらいた。遊女のようによばれたのも、そのせいか。じっさい、淀殿が生存中の文献に、彼女を淀君と記録したものは、ひとつもない>

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11/20/2017

和泉幻視行/遠里小野

11/19付産経新聞「和泉幻視行」は「遠里小野(おりおの)」。見出しは「信長本願寺攻めの舞台に」。
奇しくもこの日は、すみよしの中世の歴史遺跡を巡る街歩き。記事に書かれているところも歩きました。
遠里小野を舞台にして、織田信長が本願寺の出城「新堀城」を攻略する戦いを行った話が記事に取り上げられています。
司馬遼太郎の「尻(口に炎)孫市」に、樹齢400年の老松に身を隠して信長を狙撃したと書かれているそうですが、福島記者の調べでは狙撃も「遠里小野の鉄砲松」もフィクションのようです。遠里小野在住の知人からそんな話を聞いたことがないので、おそらくそうなのでしょう。

もうひとつ、大和川付け替えに対する反対運動があったかどうか、「当時の史料を調べたが分からなかった」と書いてありますが、「摂津国住吉郡苅田村寺田家文書」に、反対運動や水利権を巡る紛争について記録があります。福島記者にメ―ルで教えてあげましょう。

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11/12/2017

前期難波宮はあったのか?


昨日の講演会はそんなテーマの懐疑派研究者からのお話。いろいろ疑問があることはわかったけど・・・。そうすると大阪歴史博物館の展示はいったい?
きょうは毎年恒例・河内長野の知人宅で行われるフルートコンサート。演奏者は関東から来ていただくプロの演奏家です。魂を揺さぶられるような音色 が楽しみ。

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11/11/2017

今年の正倉院展古文書から


おもしろいものをいくつか紹介しようと思っていたのですが、きょうの読売新聞WEB版にこんな記事がありました。

http://www.yomiuri.co.jp/culture/20171111-OYT1T50066.html?from=ytop_main9

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11/10/2017

お~こわ、天平の呪い人形


胸にくぎが刺さっていたり、穴が開いていたり。こんな人形を作ってこっそり呪っていたんでしょうか。平城宮跡資料館の展示から。

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