06/16/2017

楠木正成シンポジウム in 河内長野


5/26に河内長野市で開催された「楠木正成シンポジウム」の詳報が、6/8付産経新聞に2面使って記事になっていました。
新聞ですから東儀秀樹さんのシチリキ、ショウの演奏は聴こえてきませんし、里中満智子さんの声も聞こえませんがお話の内容が要領よくまとめられています。

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06/15/2017

発見の日々 その3/問屋はとんや、といや、それとも?

古文書講義録に、「問屋」という単語が多数出てくるのですが、現代の「とんや」と違って江戸時代の発音は「といや」。ここまでは常識なのですが、「両種物問屋」「諸問屋」など合成語になったときは?
「といや」は発音しにくいので、「りょうたねものどんや」のように「どんや」になるのではと思って、そう読んでいたのですが、文字にするにあたってあらためて調べてみると・・・

両種物問屋→日本最大の国語辞典「日本国語大辞典」では「りょうたねものどいや」、「国史大辞典」も同じく「りょうたねものどいや」。
諸問屋→「日本国語大辞典」は「しょどいや」、「国史大辞典」は「しょといや」。

そこで単独なら「といや」、語頭に別の語が入る合成語のときは「どいや」と記述することにしました。

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06/12/2017

古文書講座「近世古文書を読む(初級)」


テーマ「遠里小野の菜種油に関する古文書を読む」

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05/30/2017

シンポジウム楠木正成考 その2


翌日の速報記事です。

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05/29/2017

シンポジウム楠木正成考 その1

5/26(金)に、産経新聞主催の「シンポジウム楠木正成考 ゆかりの地から見る大楠公・小楠公」(河内長野市ラブリーホール)に出かけてきました。シンポジウムは今回で3回目。神戸・湊川神社、東京、そして今回の河内長野と場所を変えながら開催されてきました。私が参加したのは初めて。会場は1,300人の人でいっぱい。申込みは2,000人だったそうです。パネラーの寺社の宮司さんだか長老の方が、奥さんは抽選に外れて参加できなかったと披露されていました。

概要は5/27付の速報記事(詳報は6月)をご覧いただくとして、まずプログラムの紹介です。

第一部 特別講演「美しいメロディーを歌い継ぐ」(雅楽師 東儀秀樹氏)。
第二部 基調講演「楠公さんの魅力と日本遺産」(マンガ家/大阪芸大教授 里中満智子氏)
第三部 パネルディスカッション「ゆかりの地から見る大楠公・小楠公」(千早赤阪村長・河内長野市長・四條畷市教育長・観心寺長老・湊川神社宮司・里中満智子氏・コーディネーター 安本寿久産経新聞編集委員)

東儀秀樹さんのショウ、シチリキの演奏で懐かしい抒情歌「おぼろ月夜」「浜辺の歌」や「青葉繁れる桜井の」を聴きました。いずれの曲も「これぞ日本の心」と感じさせてくれる不思議な力がありました。アンコールの「仰げば尊し」はとくに素晴らしかった!

こうした名曲が教科書から消えてしまったことは、とても残念です。東儀さんは消えた日本の歌を復活させる運動をされているそうです。「日本の抒情歌はメロディも素晴らしいが、歌詞も好き。とても美しい日本語、気品のあることばが、考え抜かれて並べられている。文部省は<言葉が難しくて小学生にはわからないから教科書から外した>と言っているが、以前はわからなくても、みんな小さいころから歌ってきた。ある時おじいちゃんから意味を教えてもらったりして、美しい日本語に感動したのだ」。
ロビーで販売していた東儀さんのCDが、飛ぶように売れていました。

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05/18/2017

忍者はすごかった

http://www.sankei.com/west/news/170518/wst1705180004-n1.html

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05/17/2017

井沢元彦氏講演会

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中世すみよしの歴史


土曜日の午前中は、「すみよし歴史案内人の会」の総会と定例会、午後は大阪市史編纂所調査員で関西大学の先生から「中世のすみよし」と題する講演を聴きました。
あらためてこの地域が住吉大社1800年の歴史と共に歩んできたことがわかりました。しかも日本を揺るがせた大事件、戦いのほとんどがこの地域に密接に関係しています。

日文研・井上章一先生から司馬遼太郎学術シンポジウムでお伺いした教科書で学んできた従来の東大学派の歴史解釈の誤り(戦国時代の始まった時期。鎌倉幕府(武士)が日本を統率していたわけではなく、公家と寺社の力は相変わらず強大だったなど)を学びびました。

非常におもしろいお話でした。来月は「逆説の日本史」で有名な作家・井沢元彦氏の講演会があります。予習を兼ねて、買ってきた井沢さんの本を読みかけていますが、水戸光圀(黄門さん)が若い頃、街に出て何の関係もない町人を切り殺し、後悔していた話が出てきてびっくり。平和な時代でも武士は人を殺す技を磨いておかなければならない、という理屈だそうですが、現代の感覚から時代背景を理解するのは難しいですね。

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05/04/2017

昔習った「大化の改新」、今では「乙巳(イッシ)の変」に

4/20のNHK BSP「英雄たちの選択」は、「古代史ミステリー 乙巳の変 蘇我氏はなぜ滅ぼされたのか?」 」でした。
ん? イッシの変ってなに? と思って観たのですが、645年に起きた我々が学校で「大化の改新」と習ったあのクーデターのことでした。

磯田道史日文研准教授によれば、<昔は、クーデター事件からその後の政治改革までを一連のものとして扱っていたが、およそ60年ちょっと前から研究者の間で、大化の改新という政治改革が本当にあったのかという意見が戦わされた。日本書紀は脚色されており、藤原氏が書いた歴史書なので自分の祖先の藤原鎌足がやった革命がいかに革命的で抜本的だったかを示すため、後の時代でやったことまで、すべて大化の改新のときやったことにしている。歴史科学的には正確でないというのでクーデター事件と政治改革を分けて科学的に書こうじゃないかという意見が増えた。いまではクーデター(わずか2日で終わった)だけを乙巳の変、そのあとは中大兄皇子がやった、藤原鎌足とかがやった改革というふうに分けて考えるようになった。いまでも論争が続いている>
ということだそうです。

最近の教科書には、乙巳の変という言葉も出ているようです。

まとめると
乙巳の変:645年の中大兄皇子と中臣鎌足による蘇我入鹿暗殺などのクーデターを指します。
大化の改新:その後に行なわれた天皇の権力強化と中央集権化を目指す一連の政治改革を指します。

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05/01/2017

「木×仏像 飛鳥仏から円空へ 日本の木彫仏1000年」その3

木彫仏についての専門語をいろいろ知りました。

一木造(いちぼくづくり)=仏像の根幹となる頭部と体幹部とを一本の木材で造ること。両腕や脚部などに別の材を用いても根幹が一材から造られていれば一木造という。内部と外縁部で乾燥の進み具合に差が生じ、裂けるような干割れ(ひわれ)を起こしやすい。

内ぐり=像の内部を彫り出すことで、内外部の乾燥の度合いを均一に保ち、干割れを防ぐ。重量も軽くなる。内部に収納品を入れることもできる。

割はぎ造(わりはぎづくり)=材を割り、内ぐりの後、再度接合する技法。

寄木造(よせぎづくり)=像の頭部と体幹部に、複数の部材を組み合わせる技法。材の制限を受けずに巨大な木彫像が制作できる。

木彫仏の素材=初期はクスノキ、次いでカヤ→ヒノキという大きな流れに、ケヤキ、カツラ、サクラなどが加わる。

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