07/17/2019

江戸時代のお金の単位、知らなかった「目(め)」と「匁(もんめ)」の関係

こんなややこしい計算を瞬時に暗算でこなしていた江戸時代の人はすごい、とつくづく思うのが、お金の換算。
金の単位は「両・分(ぶ)・朱(しゅ)」の4進法、銀は「貫・匁(もんめ)・分」で1貫=1000匁、1匁=10分。1000進法と10進法が混ざります。さらに匁の1の位がゼロの場合は「目」に変わります。これは知りませんでした。「9匁(もんめ)、10目(め)、11匁(もんめ)」となります。高島幸次先生の「上方落語史観」に、文楽「女殺油地獄」の床本に「200匁」と書いてあっても、太夫さんは「200め」と語る話が紹介されています。さすが口承芸能! 
中野家文書に時々「匁」の代わりに「目」が登場して不思議に思っていましたが、そういうことだったのか・・・
銭の単位は「文(もん)」。銭1000文=1貫文です。
もう一つ、「歩(ぶ)」という単位も「中野家文書」に出てきました。当時、調べていたらある本に「金の単位は本来<歩>だが、大坂では<分>と書く」と書いてあったので、とりあえず納得したのですが・・・


さらに金・銀・銭の交換比率は時代によって変動するのですから、江戸時代の商人は頭がよくなくては務まりません。両替商が発展したわけです。
おまけに、江戸時代は、金銀銭に加えて、長さ・容積・重さなどにも同じ単位が出てくるので大変です。例えば、落語「井戸の茶碗」に、屑屋が紙くずを買い取る場面で「7匁ちょっとございますんで、8文で買わせていただきます」。この7匁を銀7匁と思ったら訳が分からなくなります。ここの匁は重さの単位です。重さの匁は160進法で160匁=1斤です。
(高島幸次「上方落語史観」より)

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06/30/2019

山形から「紅花」のお便り

住吉大社に紅花の燈籠があります。高さ7.1mの大きな燈籠です。名前は「長明燈」。1862年、山形十日町の豪商佐藤利兵衛家が、建立したもの。佐藤家は、紅色の素となる紅花を、日本遺産になっている北前船で京都や大坂に送っていました。
紅花は現在も山形県の県花であり、紅花をテーマにしたイベントが行われているようです。山形からこんなメールが送られてきました。

http://www.yamagata.nmai.org/perorinshun/index.html

なお、長明燈の向かいにあるのが、阿波徳島・藍玉の燈籠です。青色の素ですね。こちらも高さ7.5mという大きさです。

どちらも海上輸送に頼っていたため、航海安全を祈願して、住吉大社に燈籠を寄進したものです。

長明燈、阿波藍玉燈籠の近くには、宇治茶(永谷)の燈籠もあります。

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06/16/2019

動画 神功皇后を巡る旅(住吉大社・埴土の秘儀の畝傍山&神功皇后陵

https://youtu.be/Hr8kfzJvUio

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06/15/2019

「士農工商」は教科書から消えた。「落語は教科書より真なり」

きょうは「寄席」でお勉強。

桂二乗さん「茶瓶ねずり」、桂歌之助さん「佐々木裁き」、林家染二さん「妾馬」は、いずれも面白く楽しい落語でした。特に興味深かったのは、大阪大学招聘教授・高島幸次先生の講演。

「藩は明治になってからの用語」とか「斬捨て御免、手打ちは、現実にはほとんど実行されなかった」といった話は、古文書の勉強会でも聴きましたが、制度の変更や法規の条文付きで分かりやすい解説でした。
「日本国紀」に「士農工商の農・工・商の間に身分の差はなく、わかりやすくいえば工・商は都市部に住む町人のことである」という表現が出てきますが、さらに「士も含めて身分でなく、たんに職業をあらわすものだったことがわかってきた。職業だから変えることができた。落語にはそれ(桶屋の息子を侍に取立てよう、といった話)が出てくる」「教科書からすでに士農工商は消えている」という先生のお話は、ちょっと新鮮でした。

当時の正しい使い方が、落語の中にはちゃんと出てくる(きょうの演目の中にもさりげなく)、というのは興味深いですね。教科書に書いてあったことが嘘で、落語の方が正しかったということ。落語を馬鹿にしてはいけません。

帰りに、1階の本の即売コーナーで、「先生、きょうのお話はこの本に書いてありますか?」と聞くと、「本に書いた内容を講演するのは、聴きに来てくれた人に失礼だ。それなら本を読めばいい。ぼくは本に書いたのとは違う話をする」。買ってきた本は、また面白い内容ですが・・・

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06/05/2019

仙台今昔、50年前なかった or 50年間知らなかったこと③ 建学の理念のひとつ「門戸開放」の一環?

東北大片平キャンパスの掲示板を見ていたら、「東北大学大学院女子学生のための国際学会発表渡航支援事業」のポスターが。その隣には新5000円札のデザインで話題になった津田梅子の絵が入った「津田梅子賞」のポスターも。もっともこちらは津田塾大学のポスターでした。

東北大学(およびその前身)は建学の理念に「研究第一」「門戸開放」「実学重視」を掲げてきました。
門戸開放では、女子学生への門戸開放(帝大初の女子学生 黒田チカ・丹下ウメ・牧田らく)、専門学校・師範学校への門戸開放(茅誠司・松前重義)、留学生への門戸開放(魯迅・陳建功・蘇歩青)が知られます。
「女子学生のための支援」はこうした流れの一環でしょうか。

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仙台今昔、50年前なかった or 50年間知らなかったこと② 魯迅の学んだ階段教室が現存していた

中国の文豪・魯迅が仙台で学んだことは知っていましたが、その教室が片平キャンパスの北門近くにいまでもあるとは、知りませんでした。
半世紀前、大学2年の週後半の専門教育は、そのすぐそばで学んでいたのです(3、4年は新設された青葉山キャンパスへ。修士2年間は片平の金研)が、当時ほとんど話題になっていませんでした。
乗り降り自由で1日620円の観光バス「るーぷる仙台」で、そのことを知り、仙台をひと回りした後、探しにいきました。

魯迅の階段教室は、「登録有形文化財」になっていました。木造の建物の前でのぞき込んでいると、そこに職員らしき女性が・・・。「きょうはもうだめですが、予約していただければ、中もご覧になれますよ」「いまから大阪に帰るのでそれは無理」と言うと、階段教室の外観が見える所まで案内してくれました。「私は全学同窓会<萩友会>のお世話をしています」と聞き、「毎年、大阪の講演会・懇親会には参加しています。総長や教授から母校の最新情報やビジョンを聴ける貴重な機会です。今年は昔の生協カレーの復古版を3パック買って帰りました」と言うと、「来年春もぜひ参加ください。大阪でお目にかかりましょう」。

帰宅後、youtubeで「ドローンで見る東北大学片平キャンパス」を観ると、魯迅の階段教室の内部が写っていました。

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05/26/2019

きょう(5/26)は 畝傍山登山と神功皇后陵の旅

大和三山(畝傍山・天野香具山・耳成山)のひとつ、畝傍山の西麓にある畝傍山口神社の主祭神のひとり、神功皇后(気長足姫命)は、住吉大社を創建された方と伝えられます。
住吉大社は春秋の祭祀に用いる陶器を焼くための土(埴土 はにつち)を、畝傍山頂に出かけて採取しています。

きょうは近鉄橿原神宮西口駅から畝傍山に登ってきました。標高199mの山ですが、結構きつかった。おまけに気温30度以上・・・

ついで近鉄で平城(へいじょう)に移動し、神功皇后陵を観てきました。

今日一日、神功皇后の旅でした。

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05/05/2019

歴代元号・天皇一覧表(時刻表スタイル)

有田さんお勧めの「歴代元号表」です。この1枚で全元号と元年の西暦がわかる魔法のような表です。古文書の勉強にも、歴史案内のガイドにも役立ちそう。同じ方が、「歴代天皇一覧」も作成されています。女帝や重祚もわかるよくできた一覧表です。

ただ、一部誤植があるようで、そのうち「ナポリタン(端山の人)さん」のツイッターで修正後の表が公開されるそうです。(元号→1239は延応、1240は仁治。天皇→御醍醐は後醍醐 の間違い)

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190503-00000050-dal-life

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04/29/2019

住吉大社に「遣唐使進発の地」碑

4/28、西大鳥居そばに「遣唐使進発の地」碑が除幕されました。
4艘の遣唐使船が、住吉(すみのえ)の津(=港)から出航する様子を描いたカラーの絵がはめこまれており、大変美しい石碑です。
船には住吉神が祀られ、安全を祈願する「主神」という人が必ず乗船していました。
なお、4枚目の地図はOpenStreetMapで、住吉大社境内の石碑(100基くらい)・燈籠(10基くらい)を私が登録しました。国内外からインターネットを通じて、設置場所や名称を確認できます。


 


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04/28/2019

大阪歴史博物館の「住友銅吹所」展示

先日、住吉大社の住友燈籠のガイドをする前に、長堀の住友銅吹所跡に行きました。今回のガイドは終わりましたが、詳しいことを知るため、きのう大阪歴史博物館の展示を観に行きました。
住友グループが寄贈した20分の1模型は非常に精巧にできています。しかも定期的に自動回転し、さまざまな方向から外観および内部を見ることができます。

銅山から運ばれた荒銅から間吹を経て精銅とし、これを溶かして型に流し込み棹銅を造る(小吹)までの工程などをわかりやすく、表・作業の様子を描いた絵などで解説した映像もあります。裏に回ると、銅吹所跡から出土したるつぼ、棹銅などが並んでいます。

鎖国の江戸時代、長崎からオランダ、インド、中国、朝鮮などに輸出していた最大の商品が、大坂の住友銅吹所で製造された「品位99%の棹銅」だったんですねえ。それが住友財閥を大きくしたことがよくわかる展示です。

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