10/21/2018

すみ博 住吉大社・石灯籠への菜種油による献灯


10/20に行われたイベントです。江戸時代、地元遠里小野は菜種油の一大生産地でした。(遠里小野は菜種油発祥の地)
地元の方が育てた菜種から搾った油で、住吉大社の石灯籠に火を入れます。

https://youtu.be/F4eCAl5_mxs

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10/18/2018

住吉大社宝之市神事・升の市 2018


本日(10/17)行われた伝統行事です。
昨年まで住吉公園で行われていた「升の市」(芭蕉も死の1カ月前に訪れて、升を買っています。その時詠んだ句が「升買うて 分別かはる 月見かな」。句碑が住吉公園にあります)が、今年から反橋前の左右にある絵馬殿に変わりました。

いままで住吉公園でのふるまい酒(升付)引換券配布開始と御田前の神事開始がともに10時だったので、引換券を受け取って急いで御田に駆けつけても、すでに稲刈りの神事が終わっていることもありましたが、今年から引換券配布も御田そば。
安心して御田および第一本宮での神事を観た後、升の市を楽しむことができます。

さらに今年から「ふるまい酒」「升」の提供も、信州上田、和歌山県九度山、大垣市の物産展もなくなるとのうわさがあったのですが、むしろ従来より便利な位置に移動しての開催となりました。もっとも九度山の店で聞いたところ、出店者に連絡が来たのは、直前だったそうです。

いったん「升の市は去年が最後」、と決めていたそうですが、「楽しみにしている人が多い」「住吉大社から、絵馬殿で升の市を行えば、神事と升の市の両方を楽しんでもらえる、との提案があった」ことから急遽今年以降も開催が決まったそうです。(主催者側の幹部らしき方にヒアリング)。

升も来年から、以前のような干支の刻印入りに復活すそうです。酒造会社の提供でなく、主催者がお金を出して購入するとのこと。

今年も信州のシナノスイート、九度山のひらたね(種なし柿)を買って帰りました。毎年買っていた信州のおやきは来ていませんでした。

古い方のカメラを持っていったら、静止画はいいのですが動画のブレが目立ちます。熱射病のせいではないみたい。少々見苦しいですが、がまんして見てください。

https://youtu.be/TG7w0wlifHo

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10/16/2018

水都大阪と住吉(動画)


10/14に開催された講演とシンポジウム「水都大阪と住吉」の動画「3分間で早わかり!」を、当日夜(実際は15日になっていましたが)作りました。
なかなか充実したイベントでした。「すみよし歴史案内人の会」創立10周年記念の催しでした。巨大アヒルを大阪に連れてきた御本人の橋爪紳也教授も講演されました。

当日のレジメ(A4判、36頁、オールカラー、アート紙)を頒価300円(+送料)でお分けしています。

https://youtu.be/SAZnNmDYtXg

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10/13/2018

すみ博2018は 10/20・21


大阪市住吉区の博覧会です。

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10/11/2018

大台ケ原 写真

文章編は別記事です、
順に、

1.熊に注意、サイクリストに空気入れありますのお知らせ。標高1635mまで自転車で登ってくる人がいることにびっくり。
2.熊目撃情報。届け出ないと入れない西大台ケ原に多いようです。ビジターセンターの方曰く「被害にあわれた方はいません」。
3.苔ときのこ。さすが多雨地帯の大台ケ原。
4.ビジターセンターからしばらくはこんな道。
5.道には紅葉後?(青いうちに風で落ちたのかも)の葉っぱがたくさん落ちていました。
6.鹿などに食べられるのを防ぐネットを巻き付けた木。
7.折れたり朽ちた木も。
8.こんこんと湧き出る水場。動物も飲みに来るそうです。
9.展望台1638m付近の紅葉。残念ながら雲の中。
10.展望台の案内標識。
11.くず餅、ごま豆腐。
12.明日香道の駅で買ったみかん(5個くらい食べた後)と柿。

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昨日は大台ケ原


きのうは高校時代の友人の運転で大台ケ原へ。日本有数の多雨地帯として中学校の社会科でも習った有名な場所ですが、いままで近寄りがたく、マイカーを持っていたころも行ったことはありませんでした。

朝8時15分ごろ自宅を出発し、明日香経由で大台ケ原ビジターセンター(標高1650m)に到着したのは11時過ぎ。職員の方は、毎日麓の自宅から通ってくるそうです。「ガソリン代が馬鹿になりません」。「吉野熊野国立公園東大台ケ原自然観察路」という地図を100円で売っていますが、これが防水紙に印刷されたしろもの、さすが日本有数の多雨地帯。予報は曇りで、実際、雨は降ってなかったので、展示物をざっと見た後、日出ケ岳(ひでがたけ)(標高1694m)に向かうコースを歩き始めました。

あちこちで目にする熊出没注意の標識。苔むした木や地上から1,2メートルまでプラスチック製ネットを巻き付けた木(鹿などに食べられるのを防いでいるのでしょう)など、さすが年間4500mmもの雨が降る台地らしい風景が続きます。
紅葉もまあまあでしたが、視界が悪くきれいな写真にはなりません。

途中からコンクリートや石の段が続き、友人に補助してもらいながらの山道。やっと日出ケ岳と正木峠(まさきとうげ)の分岐点にある展望台(標高1638m)に到着。晴れていれば、遠く富士山も見渡せる、熊野灘を見下ろす絶景ポイントのはずが、何も見えません。視界もどんどん悪くなり、雨も降ってきました。正木峠の紅葉が見ごろとのことでしたが、距離的にみて早くビジターセンター(駐車場)に帰れそうだった同じ道を引き返すことに。
去年の実績では、10月に晴れたのは10日だけですから、大台ケ原らしい天候だったということでしょうか。
売店で「柿の葉寿司」を食べ、「くず餅」と「ごま豆腐」(くずとごまから製造)を買いました。途中、近鉄明日香駅前の道の駅で、みかんと富有柿を追加購入し、18時過ぎに無事帰着。食事の後、友人はさらに1時間半かけて神戸の自宅へ。

楽しい一日でした。

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10/09/2018

きょうは急遽、柏原市立歴史史料館へ


きのうたまたまスマホにJCOMの「ど・ろーかる」というアプリを入れて見ていたところ、「日本全国のローカルニュースが見られるんですねえ」。その中で、柏原市立歴史史料館で「大和川付替え展」が開催されていることを知りました。なぜ付替えが8カ月で完成したのか? 中甚兵衛の功績をたどる展示会だそうです。3冊ほど関連図書を読んだところですので、「面白そう!」

これは、「古文書研究会」「歴史案内人の会」両方に直接つながる絶好のテーマです。今月26日の知研セミナー・テーマにも関連するし、ということで予定していたハルカスの「太陽の塔」展を取りやめて、JR大和路線に乗って柏原へ。
ついでに「大和川つけかえの史跡探訪ガイドブック」という面白い資料を見つけましたので、少し足を延ばしてきましょう。八尾の旧大和川標識は去年観ましたが・・・

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10/03/2018

高低差の新之介さん、「住吉を歩く」


産経新聞夕刊に、高低差学会で有名な(ブラタモリにも出た)新之介さんが連載している「ぶらり大阪地形さんぽ」、10/1付紙面に掲載されたのは「住吉津(すみのえのつ)をたどる」。
いつもガイドで歩いている住吉の散歩です。

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09/25/2018

住吉大社周辺は、「おもしろい」の宝庫です


フリーペーパー「うえまち」10月号に、住吉大社権禰宜・小出氏と住吉区長・朝川氏が対談しています。
私が会員になっている「すみよし歴史案内人の会」の話も出てきます。

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09/21/2018

道修町ミュージアムストリート


製薬メーカーがずらりとならぶ大阪道修町 (どしょうまち) 、ここには5つのミュージアムがあります。
以前にも回ったことがありますが、昨日もすべて訪れました。
まず少彦名(すくなひこな)神社に併設されている「くすりの道修町資料館」、ついで武田科学振興財団(武田家)の「杏雨書屋(きょううしょおく)」、「大日本住友製薬展示ギャラリー」(ビルの外から観覧するギャラリー)、「塩野義製薬本社展示コーナー」、最後に予約していた「田辺三菱製薬史料館」。

杏雨書屋の常設展には、実物の「解体新書」とその原書「ターヘルアナトミア」が展示されています。今回はさらに特別展で「病草紙」の各種摸本を観ました。種々の疾病の様相を極めてリアルな筆致で描いた絵巻物です。病を好奇の目で捉え、笑いさえ含みながら描かれた絵巻物を見て楽しんでいたとは。平安時代の貴族も悪趣味だったものです。鼻黒の一家、不眠症の女、小舌の男(舌の下に出来物? )、くそを吐く男(腸捻転? で大便が出なくなり、口から吐いている男)、あざのある女 、肥満の女、両性器をもった人間・・・

塩野義製薬には会社のマークにもなっているひょうたん形の変わった分銅も展示されていました。撮影禁止でした。住吉大社には分銅型石碑がありましたが、現在、分銅部分はありません。一方、田辺三菱製薬にあった分銅は、円柱の上にボッチのついた普通の分銅でした。

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