06/19/2018

すみよし再発見講座 第1,2回


第1回(「住吉さんとおとぎばなし」「住吉の街道」「住吉の鉄道」)、第2回(「まち歩き 住吉大社~帝塚山」)のエッセンスを3分間の動画にまとめました。

https://youtu.be/dhkjkUZarZc

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06/06/2018

すみよし再発見講座 第1回


6/2(土)にすみよし歴史案内人の会のボランティアガイド養成講座第1回が実施されました。
隔年で開かれる恒例行事です。私は2年前に受講しました。今回は第6期です。30人近くが参加しましたが、入会して活動してくれる人が何人出てくるか・・・

第1回は座学で「住吉さんとおとぎばなし」(住吉大社小出権禰宜)、「住吉の街道」(会員)「住吉の鉄道」(会員)。

知らない人が多いのですが、「一寸法師」「浦島太郎」は住吉が舞台です(後述)。「金太郎」は大江山の鬼退治の前に、住吉さんに祈願し、住吉大明神の力を借りて鬼を退治したことが絵に描かれています。「桃太郎」にも「住吉に参り、<力を添えて給われ>と、丹精こらし祈請」し、鬼退治をした話が出てきます。記紀神話の「海幸山幸」の舞台は、住吉大社境内の大海神社です。

一休さんは住吉に住み、住吉大社で働いていた盲目の若い女性が世話をしました。老いらくの激しい恋について漢文で書き残しています。
また、昔は大関が最高位だった相撲に横綱ができたのは、住吉が起源です。

一寸法師:
室町~江戸初期に作られた「御伽草紙」に「子供のできなかった夫婦(おばあさんは41歳!)が住吉さんに参って祈ったところ一寸法師が生まれた。一寸法師は住吉明神の申し子」と明記されています。
浦島太郎:
万葉集に、住吉の漁師が竜宮に行って、帰ってきたら世界が一変していたという話が出てきます。玉手箱という地名や浦島太郎の墓ともいわれた帝塚山古墳もあります。

第2回は、6/10(日)で「住吉大社~帝塚山の街歩き」。私はカメラ係と4カ所のガイドを担当します。具体的には住吉大社境内の「兎の手水舎」「神宮寺跡」「島津初代生誕地(誕生石)」、帝塚山の「高谷家」。きのう2時間かけて下見をしてきました。
第3回は6/16(土)「住吉大社周辺の街歩き」、第4回は6/23(土)「よさみ・あびこの街歩き」、第5回は6/30(土)講演「住吉の環濠」「住吉の産業」「住吉ゆかりの著名人」。

私は第3回、第4回の街歩きでもカメラ係を担当します。

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05/31/2018

ええっ、これはすごい! こんなにお得とは。値上げ前にぜひ利用したい

https://www.sankei.com/west/news/180531/wst1805310034-n1.html

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05/28/2018

消えた五代友厚像

大阪市内には5つの五代友厚像がありますが、5番目にできたのが大阪市大杉本キャンパス。写真は五代様を見ようと集まった多くの人々です。
ところがもう1枚の方は、同じ構図なのに五代像が忽然と消えています。どうして?(像のあった場所には、なにやらあやしい白い煙のようなものが・・・これぞイリュージョン?)

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05/25/2018

動画 石光寺の春ぼたん


4/22、當麻寺(たいまでら、当麻寺)のあと、まわったお寺です。當麻寺と同様、ぼたんが見事です。
中将姫ゆかりで有名。境内に中将姫が曼荼羅を編んだ蓮糸を洗った井戸と糸を乾かした木があります。その保護に協力している中将湯発売元ツムラの名前が刻まれた碑も。

https://youtu.be/kO1HCvyuB_w

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05/22/2018

動画 當麻寺のぼたん(しゃくなげ・白ふじ)


1か月前、當麻寺に出かけた時の動画です。
中将餅→相撲館→當麻寺の順。當麻寺奥院の浄土庭園に咲くぼたん、しゃくなげ、白ふじなどのあでやかな姿をどうぞ。

https://youtu.be/GrIK2zy1CBshttps://youtu.be/GrIK2zy1CBs

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05/21/2018

「フットパス」で見る古代・中世の住吉 その2


午後は長居公園をスタートし、寺岡砦跡地、細江川せせらぎ、住吉行宮、一休禅師牀菜庵跡、磯歯津路、荘厳浄土寺を経て住吉東駅近くまで。

3分間動画はこちらです。

https://youtu.be/GHZpPEKsXQQ

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「フットパス」で見る古代・中世の住吉 その1


5/19に行われた大阪・奈良歴史街道リレーウォーク 第12回に撮影係で参加しました。9時から15時までという長丁場、足が痛くなりましたが、なんとか撮影完了。
午前の部、午後の部に分けて3分間動画にまとめました。

まず午前の部です。
JR杉本町駅で大会旗の引継ぎ、住吉区の朝川区長(街歩きに参加)のあいさつ、エイエイオー、ルートの解説に続いて、大阪市立大学構内ーアビナンミュージアム(我孫子南中学校)ーよさみ池跡ーおおよさみ神社ー難波大道推定地ー保利神社を経て、長居公園で昼食。

動画はこちらから。
https://youtu.be/jBE8yig9pFQ

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05/06/2018

すみよし歴史案内人の会


所属している(もっとも私自身は、最低限の活動しかしていませんが)ボランティアガイドの会の代表が、区の広報に大きく取り上げられていました。前号にはガイドと古文書サークルの両方でお世話になっている方(この方は江戸時代に菜種油生産の一大拠点だった遠里小野の菜の花を再現しようと、「菜の花を咲かそう会」を立ち上げているお方)も登場しました。

みなさんお元気で活動されている、地元の有名人です。

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04/28/2018

ボタン・シャクナゲの当麻寺・石光寺へ(その3) /相撲の神様当麻蹴速のふるさと

当麻蹴速(たいまのけはや)といえば、野見宿禰(のみのすくね)」とともに相撲の神様と言われます。『日本書紀』によれば、大和国の当麻邑(たいまのむら、現奈良県葛城市當麻)に住み、強力を誇って生死を問わない勝負をする者を欲していたため、これを聞いた垂仁天皇が出雲国から勇士であると評判の野見宿禰を召し寄せ、捔力(すまひ)で対戦させたところ、互いに蹴り合った後に、腰を踏み折られて死にました。

当麻蹴速の地元、当麻には相撲の博物館「相撲館 けはや座」があります。館内の土俵は本場所使われるものと同一です。

相撲館の前に蹴速塚があります。そこに乱暴者で宿禰にころされた蹴速が、なぜ地元でいまに至るまで親しまれているのか、ユニークな思いが書いてあります。

<蹴速は高慢な人のようですが、実際には都ずれしない素朴で野性的な性格のため、朝廷の人々と相いれなかったと想像されます。そのため、当地の人々からはかえって親しみをもたれた。石塔は田畑の中に鋤かれることなく貴重な遺跡として残されているのです。
勝者必ずしも優ならず時には商機と時運に恵まれず敗者となることもある。勝者に拍手をおくるのはよい。だが敗者にもいっきくの涙を注ぐべきではないか>。


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